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「ご主人、できないなら俺がやってやる。俺はこういうことに慣れてるから」
シキの申し出を、俺ではなくミユウが止めた。
「それでは駄目だ。エナミ、おまえがミズキの介錯をするんだ。ミズキはそれを望んでいる。解るだろう?」
……解るさ。ミズキは恋人である俺に人生の幕下ろしを依頼している。俺が逆の立場でもそう願う。ミズキの手に掛かって死ねるのなら本望だ。
でも……。
「すまない……エナミ」
息も絶え絶えだというのに、ミズキは必死に笑顔を作っていた。頬を涙が一筋伝った。
「ミズキ……!」
俺は腹を決めて、受け取った短刀から蓋を外した。そして鋼の刃をミズキの首に当てた。
「やってやるよ。俺もすぐに後を追う」
ミズキの居ない世界に色は無い。喜びも。
「駄目だ……おまえは生きるんだ……」
そう言われると思った。でも従わないからな。
「あんたの我儘を聞いてやるんだ。俺の我儘も通させてもらう。俺達は結ばれて恋人同士になったんだ。地獄の最下層にだって付き合ってやるよ」
「付き合う必要は無い……。そもそも……俺達は結ばれて……いない」
ミズキは俺の決意を完全否定した。
「……え?」
「地獄でのすべての行為は……、魂が感覚の再現をしているだけに過ぎない……。己の願望や……想像で……」
「ミズキ……?」
「俺達は真の意味では結ばれていない……。エナミ、現世のおまえの身体は……綺麗なままだ」
ブワッと、俺の全身を怒りの波が駆け抜けた。何を、こいつは何を言っているんだ!?
「だからエナミ……、おまえは俺を忘れて現世で生きろ……」
「ふざけるな!!!!」
俺は全力で叫んでいた。
「身体ではそうかもしれない、でも魂同士は結ばれたんだろ!? それでいいじゃないか! 俺にいろんな感情を教えておいて忘れろだと!? できるかっ!!」
「エナミ……」
「俺はあんたを忘れない! 何が遭っても! 何度死んで生き返ろうとも!!」
ミズキは微笑んだ。作り笑顔ではなく、自然な笑みだった。
「……ならずっと覚えていてくれ。俺が幸せだったことを……」
「!」
「おまえと会えて、俺は幸せだったんだ、エナミ……」
俺の両目から涙が溢れて、ボタボタと垂れた。
表現を変えても、やはりミズキは俺に生きろと言っていた。それが解った。悔いの無い人生を送ったのだから、死を嘆くな、前を向いて進めと。
胸が痛い。呼吸が荒くなる。温かい気持ちをミズキから注がれているのに、心が張り裂けそうに苦しい。
「ゴホッゴホッ……」
マヒトが血を吐きながら咳込んだ。もう言葉を発することもできない。彼は限界だ。
その時が来たのだと、ミズキは瞼を閉じて俺の介錯を待った。
俺は震える指に力を込めた。失敗はできない。
「ありがとう……エナミ」
ミズキの最期の言葉は感謝の意だった。彼らしいな。
俺は奥歯を食いしばって、ミズキの首に当てた短刀を一気に引いた。目の前に赤い花が咲き乱れた。
「ミズキ!」
短刀を投げ捨て、俺は穏やかな表情で微笑むミズキを抱きしめた。彼から噴き出す血が俺に掛かったが、それすらも愛おしかった。彼の全てを受け止めたかった。
「ミズキ……」
ミズキは同世代で、初めて大した奴だと認めた相手だった。そつが無く、冷静で……。だけど交流を持つ内に、とても情の厚い男なんだと解った。感情を表に出すことが下手なだけで。
もっとたくさん話をしたかった。現世に戻っていろいろな場所へ二人で行きたかった。ずっと隣に居たかった。心の底から求めた俺の恋人。
「ミズキ……」
それなのに。ミズキの身体から黒いモヤが発生してしまった。身体はまだ温かいのに。彼は死んでしまったのだ。俺を残して。
モヤを視認した対面のシキが、自分の刀でマヒトの頸動脈を斬った。虚ろな瞳をしたマヒトが、最期に俺を見てまた笑った。
「マヒ……」
俺の両腕がガクッと落ちた。支えていたミズキの身体が霧散したのだ。彼の肉体の質感と重量が同時に失われた。
「あ、ああ……」
後に残ったのは力強く光るミズキの魂。先に逝った仲間達の魂がほのかな輝きだったのに対して、ミズキの魂は小さな太陽のように眩しかった。
しかしすぐにその太陽は大地へ沈んだ。介錯した短刀も、俺の身体を濡らしていた彼の血液も、最初から無かったかのように消えてしまっていた。
「嫌だ……」
俺は地面をペタペタ叩いた。ミズキの全てが失われたことに納得などできなかった。
「逝かないで。戻って……ミズキ……」
対面のマヒトの身体も霧散した。ミズキほどではないものの、明るく輝く魂が姿を見せた。やはりマヒトも地獄と相性が良いということだろうか?
考えが纏まる前に、マヒトの魂も地面の下へ吸い込まれた。
「マヒトっ……!」
明るく意地っ張りだったマヒト。苦しかっただろうに、笑顔を俺に向けたまま逝った優しい男。二度も殺される羽目になったのに、おまえは恨み言一つ言わなかったな。
年若い彼が管理人に選ばれ時は衝撃だったが、今なら理解できる。マヒトは管理人に相応しい崇高な魂の持ち主だったのだ。
「マヒト、ミズキぃっ……」
俺は拳を握って大地をドンドン叩いた。
「返して、二人の魂を返してくれよ!」
そんな抗議が地獄の世界に通じる訳が無かった。
「う、うあぁ、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
戻って来ない恋人と友達を想い、俺は絶叫した。
向こうではまだ仲間達がヨウイチ氏と戦っている。早く加勢に行かなければならない。しかし俺はミズキとマヒトが死んだ場所から離れられず、幼子のように声を上げて泣き喚いていた。
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