どこへ連れていくの?

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どこへ連れていくの?

この姿になってからどのくらいが経ったのだろうか。 僕はいつもここから周りを眺めてはその日の季節の状況を読み取っている。すっかり伸びた背もこの向かいの建物を超したものだと見比べてはため息をこぼす。服を着なくて済むからエコロジーと言えばエコロジー、地球に優しい事をしているようで何だか照れ臭い。 僕の身体の奥には常に隙間がありそこに液体物などが流れてくると全てに行き渡り、息をするのも苦しくなることがある。気孔が必死で開こうと一斉に塞がれた穴の間を突き抜けようと液体物を外に出そうと動かしていく。 身体の中では循環を繰り返す。あらゆる細胞は死滅をしては新しい核を生み出して微物と結合しとめどなく流れゆく。手を伸ばすたびに頂点につこうとしているのに、その前にこの腕が病んで言う事を聞いてくれない。麻酔や鎮痛剤なんか打たれていないのに痺れるほどの疲労感がやけに痛い。 このカーテンの向こうには常に誰かに見張られているから、結局は何の施しようもなく阻害されてしまう。僕は誰を呼んでも話してもこの動かない身を聞いてくれないのがとても悔しくてやり切れないのだ。 何軒か向こう側から誰かの小さな足音が遠くて聞こえてくる。あれは雛鳥だろうか。巣の中で逃げ回るように今にも飛び出してしまいそうな鳴き声を出している。きっと親鳥からもう飛び立ちたいと嘆いているのだろう。いつまでも甘えていては自分も親離れできないと訴えている声が響いてきそうだ。僕も親元から離れてこうして独りで生きてきているがここ数年は音信不通のように顔すら合わせていない状態だ。 自分も言えないことだがせめて向こうからも元気かと一言でもいいから連絡をしてきてほしい。 僕は動けないのだ。こうして土の中に植えられて身体が地上へ出てきた時には誰にも祝福されずに周りの樹々と同じように幹が伸びてきてどんな天候に当たろうとも歳月を経て気がつけば数メートルほどに背丈が伸びて周囲の人や生き物、電車や自動車や自転車が自由に身体を使っては人間に操作されて動いているのがうらやましくもある。頭の髪の毛は枝の代わりとなりつつ生え変わり生い茂るように深緑色の葉となってきている。 僕は台風の日が苦手だ。事前に風向きが変わるのが分かると生き物たちが巣穴に隠れて逃げていく。雲の切れ間から突風が吹いてくると気圧の前線も方角を変えてこちらに進んできては魔顔で微笑んでくるかのように挨拶を交わして上陸する。その時の僕は地面に食らいつくように煽られる風に吹かれながら冷たい雨に刺されるように打たれて、泣きそうになりながらひたすら耐え凌ぐのだ。 地面から引きちぎられそうになるところで上空の乱気流が留まりを見せてくると同時に辺りの風も徐々に治まっていき、また太陽が穏やかに顔をのぞかせると僕の周りの樹々も安堵しては平常心を取り戻し路面の露から立ち込めてくる蒸気の匂いに心地よさを得て感情に浸るのだ。 またもや動物のような匂いがする。あれは、犬だ。しかも大型犬。飼い主の女性がリードを引っ張られるように犬はぐいぐいと歩いて僕の方に向かってきている。身体の匂いを嗅ぎ始めたのでくすぐったくも感じたがやがて何かの生暖かい液体が僕の足元にジワリと浸ってきたのでよく見てみると尿をかけてきた。 やめてくれと言いたいところだが声を出したくもあるが声が出ないので彼が止めるまではひたすら待つしかない。飼い主とともに去っていくと僕は身体から空気を出しては濡れた足元を乾かしていく。犬や猫はところかまわず排泄してくるのでその都度怒りがこみ上げてくるが彼らにはそれが日常茶飯事なので決して罪はないのだというらしい。 そんな決まりごとがあるのなら僕だってここから脱出して逃げてみたいものだ。きっと辺りは騒然とするに違いない。 そうしているうちに鳥の鳴き声がしたのでカーテンを開けてあげると親子の鳥たちが僕の肩に作ってある巣に帰ってきた。二年くらい前だったろうか、ある雨の日の夕立に一羽の雛鳥が僕の足元にしがみついて泣き続けては誰かに助けを求めていた時があった。 今よりも少しだけ背が低かった僕は何とかして腕を伸ばし枝の上にその小さな体を乗せてあげると安心して泣き止んでくれた。その後に親鳥が慌てるように身を包んで抱きしめていると僕に礼を言ってそこから森へ飛び立とうとしていく時に、せっかくだから安全な場所としてここを巣として暮らしてもいいと伝えると、親鳥は喜んでくれた。それから雛鳥も増えてすっかり彼らはここに懐いてくれている。 車が交互に行きかうなか、通りの向こうから誰かが話しながら歩いてくる音に耳を傾けていると、どんどんこちらに近づいてきた。 「お父さん。今日の試合ね、僕が最後にシュートを決めたんだよ」 「そうか。ずっと練習してきてるもんな。成果が出たんだね」 楽し気に声を出しては寄り添いながら歩いていく父子の姿が目に留まり、声が聞こえなくなるまで耳を傾けていた。僕にもあんな時期があったなと思い出していると、今度は反対方向の歩道から高校生の男女が何かの買い物だろうか。手に重たそうに荷物を抱えながら歩いている。 「あいつ何時くらいに来れそうって言ってた?」 「十八時だからもうすぐだよ。プレゼント用意したから絶対喜んでくれるって」 「そうだな。そろそろ急いで行こうよ」 きっと誕生日か何かのお祝い事をするのにこれからパーティーでもしそうな雰囲気だ。誕生日か。僕は何度か家族から祝ってくれた記憶があるが細かいことはほとんど忘れてしまった。
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