永き眠りからの目覚め

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永き眠りからの目覚め

「久留須さん、気分はどうですか?」  意識が覚醒すると不意に私の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声は意識を失う前に聞いた声とは全く別のものであり、なんだか違和感のある声だった。  視界に映るものは誰もいない。にもかかわらず私を乗せた台車は動いていた。揺れる視界と体に伝わる振動がその証だ。  まだ完全に覚醒できていないからか体に力が入らない。だから私は無人で動く台車に身を預けるしかなかった。台車に揺らされながら、私は意識を失う前のことを思い出していた。病院の内装や医者の姿、それから愛する家族の姿。そのどれもが今見える視界には映らない。  私が見ていた景色とは全く異なる病院内を台車は無人に駆けていく。エレベーターに乗り、液晶パネルに21と映し出されたところでエレベータは止まる。  ここも違う。私のいた病室は8階だ。それに21階なんて私が入院していた当初はなかった。エレベータが開くと、再び台車は無人で走り出す。  そこでようやく看護婦の方々の様子が見えた。彼女たちの洋服は以前と変わらない。  台車は個室へと入っていく。個室は自動ドアとなっており、台車を察知すると開き、台車が室内に入ったところで閉じた。台車はそのまま走っていくとベッドの位置まで向かっていく。ベッドに覆い被さるような体制になると、私を乗せた台がゆっくりと下がっていく。  やわらかなクッションが圧縮される音が微かに聞こえると、ゆっくりと両側に開き、私をベッドに下ろした。ふかふかなベッドに寝そべりながら、私は顔を横に向けた。見えるのは液晶パネルに映し出されたカレンダーだ。  2106年3月6日。  私は思わずハッと息を吐いた。  その数字を見て、ようやく今までの一連の流れを理解することができた。  再び白い天井を見上げると、三回深呼吸をした。 「ようやく帰ってきたんだ」  自分の声を確かめるように、目覚めてからの第一声を漏らした。間違いなく私の声だ。  2036年3月15日に冷凍睡眠した私は、約70年の時を超えて永き眠りから解放された。
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