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「これ美味しい」
私は理沙と自販機で買った『コオロギせんべい』を食べながら商店街を歩いていた。
私の時代にもコオロギせんべいはあった。だが、コオロギなんて美味しいわけがないと思って毛嫌いしていたため食べたことはなかった。
リサに勧められ、いやいや食べさせられたが案外美味しい。普通のせんべいの形をしているため口に入れるのを憚れないのもポイントが高い。一枚食べたら、もう一枚食べたくなるというお菓子のあるあるにちゃんと則っていた。
理沙のいる時代では昆虫食は当たり前になっていたらしい。ただ、見た目が昆虫の形をしている食べ物ではなく、昆虫の栄養素を取った食品らしい。それなら私も食べられるかもしれないと思った。美味しいと分かっていても、流石に昆虫の形をした食べ物を口には入れられない。
「コラッ! 待て、ガキんちょ!」
商店街を二人して歩いていると、不意に前方で男の人の怒鳴り声が聞こえた。反射的にそちらを見ると、店から出てきた一人の少年の姿があった。まだ少し肌寒いにもかかわらず、袖のないシャツに短パンを着ていた。服はところどころ破れており、見える肌は荒れている。
少年は袋を抱えて私たちの方へと勢いよく走ってくる。少し経って、男の人が店から出てくる。エプロン姿の彼はおそらくこの店の店員に違いない。彼は何かを探すように首を左右に回すと、私たちへと顔を向ける。
「誰か! そのガキんちょを止めてくれ!」
大声で叫ぶ彼に心臓が跳ねるのを感じた。なんだか自分が怒られたような気がしたのだ。でも、彼が怒っていたのは私たちの元を過ぎ去った小さな少年に対してだった。
私はそれに気づいて後ろを振り返る。すると少年は別の店の店員に捕まっていた。店員は店の商品と思われるお菓子袋を必死に取り返そうとする。少年もまた必死な表情でお菓子を取られまいと抵抗していた。
二人のやりとりに先ほどの男の人が割り入ってくる。すかさず少年をグーで殴ると少年は袋から手を離し、あえなく地面に倒れた。男の人は別の店の店員からお菓子の袋を受け取る。それから少年の腹を数回蹴った。
「てめぇ、二度とうちに来るな!」
そう言って、最後に唾を吐くとこちらに戻ってきた。
怖い形相の男の人に私は恐怖と憤怒を感じた。いくら店のものを盗んだからって、あんな貧弱な少年に暴力を振るうのは間違っていると思ったのだ。
気づけば私は男の人に向けて足を一歩前に出していた。でもそれを私の肩に乗った手が牽制する。見ると、理沙が私を見ていた。彼女と目が合うと、理沙は首を左右に振り、「行こう」と私を引き戻そうとした。
私は少年をもう一度見る。殴られた箇所が痛むのかお腹を押さえながらゆっくり立ち上がろうとしていた。放っておくわけにはいかない気持ちは山々だが、私が行っても何もしてはあげられない。仕方なく、理沙の言う通り前を向いて歩き始めた。
「私のいた時代にもちょくちょく居たんだ。時代が進んで捨て猫のように子供を捨てる家庭がでてきたの」
「身内の特定はできないの」
「できないらしい。こんな言い方をするのは嫌だけれど、大貧民が産んだ子供だよ。私が冷凍睡眠する少し前に制定された『出生規制』によって大貧民は子供を産むことを禁じられたんだ」
「そんな……」
なんて可哀想なことをするのだろう。私はぎゅっと胸が締め付けられるような感覚に陥った。
こんな進んだ時代なのに、私のいた時代にはなかった差別がこの国では生まれていた。
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