清らかなる夕立(10、ぽたぽた)

1/1
前へ
/31ページ
次へ

清らかなる夕立(10、ぽたぽた)

ぽたぽたと滴る音だけは、聞こえている。 菫は横断歩道の向こうからの視線を、必死に無視していた。人らしき形をしたモノが、身体中からどす黒い液体を滴らせながら佇んでいる。佐和商店へ向かっている途中で、迂回路も無い。夕暮れ時の薄暗さも相まって、おどろおどろしく不気味だ。信号が青に変わる。菫は平静を装い、足早に渡る。向こうもゆっくりと歩いて来た。 (動くやつなんだ……) 菫は内心肩を落としつつも、慎重にそれとすれ違う。一瞬のことだったが、ぞわりとした。 「……視えてるんでしょ」 すれ違い様に呟かれたが、菫には想定済みだ。さして動揺もせず、そのまま距離を取る。 (何回言われても慣れない……) 悲しくなってきた菫は、歩調を速めた。後ろからゆっくりと、ぽたぽた、ぽたぽた、という音がついてくる。全速力で走ろうかと思ったが、向こうの方が速かったら詰んでしまう。菫は努めて冷静に歩いた。後方で、ゴポゴポという水音のような音がする。 (マズいかも) 菫は駆け出す。後ろは怖くて見れない。断末魔のようなものが聞こえたと思ったら、雨が降って来た。清々しい酒の香りの。顔を上げると、榊が一升瓶を抱えて立っていた。店の前。 「景気良い夕立だろ?すみちゃん」 「……そうですね」 恐ろしい気配は消えている。菫の髪から滴る雫を掬い取り、撫でながら、榊は笑っていた。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加