飴屋のお手伝い(11、飴色)

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飴屋のお手伝い(11、飴色)

大学からの帰り道。 私・芽吹菫は、いつもの路地を進んでいると、見慣れない露店に出会った。縁日みたいな簡素的なお店だ。近付くと、様々な飴細工が飛び込んできた。金魚や猫、朝顔。良く出来ている。 「いらっしゃい」 若草色の作務衣を着たおじいさんが、笑って私を見た。笑うと目元に刻まれる皺が、何だか印象に残る。 「お客さんに急で悪いんだけど、少し手伝ってもらえないかな」 「え?」 「飴細工を渡すだけで良いんだ」 おじいさんに手招きされ、訳も分からず店の内に入る。するとまるで図ったように、パタパタと複数の足音が聞こえた。顔を上げると、子どもたちが大勢、こちらへ駆けて来る。皆、七つよりは下に見えた。 「飴ちょーだい!」 子どもたちが言うと、おじいさんはにこにこして並べていた様々な飴細工を手渡す。 「お父さんお母さんが、君たちの好きなものを用意してくれたよ」 「わあ!ありがとう!」 「私の好きな朝顔!」 「家にいたミケだ!」 おじいさんの手だけでは足りなくなって、私も訳が分からないまま伸びる手に飴を渡す。飴を貰った子は嬉しそうに笑い、何処かへ駆けて行く。どれくらい配ったか。わらわらといた子どもたちがはけたと同時に、飴細工も全て無くなっていた。 「ありがとう。助かったよ。少し前に、隣の町で災害があっただろう。だから、久しぶりに団体でね」 ふう、と息をついて笑うおじいさんは、少し寂しげだ。 「隣の町の災害、」 おじいさんは静かに首を横に振る。犠牲のほとんどは、子どもだった。黙る私に、おじいさんは気を取り直したように笑う。 「飴細工は無くなってしまったけれど、お嬢さんにはお礼にこれをあげよう」 おじいさんは、透明な手のひらサイズの壺を出す。中には、とろりとした琥珀。 「これは水飴さ。綺麗なもんだろう。これが本当の飴色だね」 「水飴?」 私はもう一度、おじいさんの手にある壺を見た。水飴って透明なイメージがあったけど。顔に出てたのか、おじいさんが笑う。 「古くからの水飴はこの色なのさ」 見ていると、綺麗だし美味しそうに見えて来る。結局私は、受け取った。 「あの、すみません。少しお手伝いしただけなのに。こんな美味しそうで素敵な水飴をいただいてしまって」 おじいさんは楽しげに笑う。 「お嬢さんにしか出来ないことをしてくれた。だから私も、私にしか出来ないお礼をした。とても助かったしね。それだけだよ。気をつけてお帰り」 「ありがとうございます」 手を振るおじいさんの姿が、ゆっくりと霞んで見えなくなった。 いつもの道に、私だけが水飴を持って立っている。飴色の水飴。言葉遊びみたい。お菓子に使ったら美味しくなるだろうか。でもその前に、このままでも食べてみたい。 手の中の飴色を見ながら、私はあれこれ考え始めた。
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