おさがり(14、お下がり)

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おさがり(14、お下がり)

今日は一段と暑い日だ。 私・芽吹菫は、あまり体調が良くない。悪いモノじゃなさそうだけど、何か憑いてる気がする。でも今回ははっきり分からない。榊さんにも。榊さんが休めと言うので、甘えて事務所に行こうとしたら、一人のお婆さんがやって来た。普通の格好をしたそのお婆さんは、私を見るなり目を丸くする。 「あら!あらあら、まあまあ」 呆気に取られていると、真っ直ぐ私に向かって来た。 「今日大変よね。暑いしついて来ちゃったのね」 「えっ?」 お婆さんは持っていたハンドバッグから、綺麗なパッケージの一口羊羹と涼しげな青の美しい琥珀糖の袋を取り出した。そのまま、私に掴ませる。 「あの、」 「大丈夫よ、おさがりだから。新しい冷たいお水と一緒に食べると良いわ。頑張ってね」 私が何か返す前に、最近暑くて嫌になるわねぇ、お兄さんも頑張ってね、と色々榊さんと会話しながら和菓子とお茶を買って出て行ってしまった。働かない頭で慌てて、ありがとうございましたと声を出す。新しい水を用意して、事務所に向かった。羊羹も琥珀糖も、上品な甘さでとても美味しい。水も飲んでホッとしてたら、後ろから 「甘露……」 という微かな呟きが聞こえた。振り向くと、私と壁の隙間に古い着物姿の人が一瞬見えて、直ぐに消える。入れ替わりに榊さんが来た。 「すみちゃん、大丈夫か?それ、よく参拝してる大きな神社の神様のおさがりなんだと。ーー何か出て行ったよな?」 「お供えだったんですね」 身体が軽くなった気がする。助かった。私が今さっきのことを話すと、榊さんもホッとしたような顔をする。 「顔色良くなったな。とりあえず安心した」 最後までよく分からないモノだった。もういないなら、良しとしよう。あのお婆さんがまた来てくれたら、お礼を言わないと。 そう思っていたのに、あれからお婆さんが再びやって来ることはなかった。
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