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花占いの行方(18、占い)
真っ暗な何も無い空間に、菫は一人立っていた。
いつから、何故いるのか、分からない。
そんな菫の前に、少女が立っていた。手には、マーガレットのような黄色の花を二本、持っている。七つほどだろうか。長い黒髪を二つに結い、水色のワンピース姿の、至って普通の女の子。この真っ暗な空間で色彩を放つのは、菫と少女と花だけ。彼女は菫を見上げると、唐突に
「お姉ちゃんにあげる」
と手に持つ花を一本手渡した。
「ありがとう」
菫が受け取ると、少女は自分の持つ花を見下ろし、おもむろに
「くる、こない、くる……」
と唱えながら、花びらを一枚一枚千切っていく。花占いのように。少女は菫に背を向けて歩き出す。女の子の後には、千切られた黄色い花びらが、闇に浮かぶように落ちている。菫は惹かれるように、少女を追う。やがて、二人の先に川が現れた。幅があるが、浅く、対岸までの距離はあまり無さそうだ。菫は立ち止まり、その川に見入ってしまう。
(花が流れてる……)
水面から溢れんばかりの花、花、花。赤白黄青、紫にピンク。無い色など無いように見えた。百合に桜、芍薬に牡丹、バラもあれば梅や菜の花などもある。それらがゆっくりと、流れて行く。少女はそのまま花の川へ入り、向こう岸へと渡って行く。そのまま、菫へと振り向いた。
「もうすぐお母さん、来るかな。お姉ちゃんも来て良いんだよ」
友達に語りかけるように、ごく普通の調子で言われ、菫の気持ちが揺らいだ。少女の持つ花は、あと一枚しか花びらが無い。菫は無性に、寂しい気持ちになった。
(あの最後の一枚は、“くる”なのかな、“こない”なのかな)
ぼんやりとそんなことを思う。少女が最後の一片に手を掛ける。見届ける間際、菫は後ろから目隠しされた。
「菫には、まだ早いかな」
「お祖父ちゃん……?」
声は確かに、祖父・花弁のもの。振り仰いで困ったような笑顔が見えたと思った瞬間、菫は何も分からなくなった。
「……苦労を掛けるね」
座った膝に菫の頭を載せ、そっと寝かせた後、花弁は孫の頭を優しく撫でる。それを、榊は黙って見つめていた。花弁が零した言葉は、菫へと向けられたものか、榊へと向けられたものか。
榊は何も答えず、花の川向こうを見る。少女の母親であろう女性が、ごめんね、ごめんね、せめてあなただけも助かったなら、と泣きながら少女を抱き締めている。少女は笑って、そんな母の背を拙く撫でていた。その二人の向こうにも、大勢の人々が見える。しばらく苦い顔でそれを見つめた後、榊は菫へ目を戻し、傍らに屈んだ。
「人の死はエネルギーが大きい。一人でも大変なことなのに、多数ともなれば……この子は簡単にこちら側へと引っ張られてしまう。向こうにその気が無くともね」
花弁は彼岸へ目をやり、苦笑いする。眠る菫は起きそうに無い。
「そうしてしまったのは、私なのだけれど」
酷く切なく悲しげな顔で笑う花弁に、榊はようやく口を開いた。
「よく、あなたの話をしていますよ」
「私の?」
榊は柔らかく笑む。
「あなたの真似をして、抹茶オレが好きになった話とか」
一瞬、榊と花弁は目が合う。花弁は直ぐに笑い出した。
「それは初めて聞いたなあ。嬉しいよ」
笑いすぎたのか、花弁の目尻にはうっすら涙が浮かんでいる。榊も快活に笑う。
「会う度成長してると思ってるけど、まだまだ可愛くて少し安心しちゃった」
花弁はそっと菫を抱え、榊に託す。
「孫を苦しめているじいさんに言われたくないのは、分かっているんだけど」
榊が受け止めた菫は花のように軽やかに感じて、無意識に手に力が籠もる。
「菫をよろしくね、榊くん」
「はい」
榊の優しくも強い眼差しを受けた花弁は、安心したように目を閉じた。
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