透明な風鈴(2、透明)

1/1
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ

透明な風鈴(2、透明)

りん、と、音がする。 大学帰りだった芽吹菫(めぶきすみれ)は、不意に聞こえたその音に顔を上げた。音の方を見ると、古い和風の一軒家がある。その玄関の下に透明な風鈴が一つ、下がっていた。それが鳴っている。 (風鈴の音か) ホッとすると同時に、気付いた。玄関の引き戸が開いている。菫は何の気無しに中を見てしまった。そして後悔した。 (白い着物の人……?) 暗い廊下の向こうに、白い着物姿の人が一人、立っているように見えた。ゾッと総毛立つ。直ぐ逃げ出したいのに、菫の足は動かない。青白く浮かび上がるようなその人は、ゆっくりと玄関に向かって来る。その度に、風鈴がりん、と鳴った。 (これ、ダメなやつかも) 嫌な汗が噴き出すのを感じながら、菫は目が離せない。距離が近付くと男性のように見えたが、俯いていて顔はよく分からなかった。戸に白い手が伸びる。玄関から出て来てしまう。動けない。菫が目を強く閉じた時、涼やかな風が吹いた。同時に、菫のスマホが鳴る。足が動けるようになり、菫は駆け出した。目を開けたが振り向かない。一軒家から距離を取って電話に出ると、(さかき)だった。 “菫か?今大丈夫か?” 「(こう)さん……助かりました……」 “はぁ?” 息も絶え絶えな菫に、榊は間の抜けた声で返したのだ。 次の日。 菫がその家の前に来ると、通夜の最中だった。 立ち尽くす菫へ、軒下の透明な風鈴が、りん、と音を響かせた。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!