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触れられるのは(4、触れる)
夕方。
佐和商店に菫がやって来る。いつも通りに声を掛けた榊は、菫の背後を二度見した。喪服姿で身体の半分がぐずぐずに蕩けた中年の女が一人、菫に付いて彼女の結った髪に触れ、梳き、撫でている。羨ましげな顔で菫におぶさるようにもたれながら、同じ動作をずっと繰り返していた。菫は普段通りに見えたが、動きが固いことに榊は直ぐ気付く。
(何処で拾ったんだよ……)
感嘆半分哀れみ半分で、榊は息をつく。まだ客はいない。榊は、事務所から出て来た菫を呼び止める。
「榊さん?」
榊は女の手を払うように菫の髪に触れた。柔らかく梳き、艷やかな黒の房を口元へ運び、口付ける。
「ええっ!?」
菫が目を剥くのと同時に、女は悲しげな顔をして姿を消す。それを、菫と榊は見た。
「見せつけてやったんだ。すみちゃんの髪に触れて良いのは俺だけだってな」
「榊さんに向かって来たらどうするつもりだったんですか」
榊はにやっと笑う。
「俺に何かあるなら、すみちゃんが何とかしてくれるだろ」
「そんなこと言って!」
「俺の身を想うなら、自分の身も想ってくれ。いくらでも付き合ってやるから」
愛おしそうに菫の髪を梳く榊を見、菫は反論を止めた。
「努力します……」
「期待してる。そーだ。今夜久しぶりに菫の髪乾かしたいな。家寄ってけよ」
笑う榊を釈然としない表情で見ていた菫だったが、やがて息を吐き出した。
「喜んで」
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