願わくば逢瀬を(7、洒涙雨)

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願わくば逢瀬を(7、洒涙雨)

「七夕って、毎年天気悪いですよね」 七月七日。今日は七夕だ。佐和商店は閉店間際。外ではしとしとと、静かな雨が降っている。カウンター内で菫といる榊は、ちらりと入口のドアの向こうを見た。 「洒涙雨(さいるいう)ってやつかな」 「洒涙雨?」 「牽牛と織姫の別れを惜しむ雨なんだと。俺も受け売りだから、詳しくは知らねぇけど」 「そう言われると、悪い気はしなくなりますね」 菫が言うと、榊は肩を竦めて笑う。 「正直、人間には星々の逢瀬より短冊の願い事の方が大事だろ」 「榊さんは、願い事書いたりするんですか?」 「今はやらん。欲は尽きねぇけど、基本自分の願いは自分で叶えるからな」 菫はじっと榊を見上げる。榊は首を傾げた。 「何よ」 「そういうところはちゃんとしてるんですね」 「そういうところは、って何!?酷くない?」 喚く榊の声を聞きながら、菫はまた入口のドア向こうに目をやる。 「私は、あの男性が早くどこかに行かないかな、って今願ってます」 下半身の無いスーツ姿の男が一人、俯いた状態でドアの向こうにいる。多少なりと雨が降っているのに一切濡れていない。手には、明るい色の小さな花束を持っている。恐らく、贈り物用の。榊は苦々しく呟いた。 「早く会いに行けりゃあ良いのにな。ああいうのこそ」 「全くです」 雨は止みそうに無い。菫と榊は顔を見合わせ、溜息をついたのだった。
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