第一話 雨宿り

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第一話 雨宿り

 ある日、ふらりと出掛けた深大寺。  むさしの路を歩く。  夏の盛りにしては涼やかで、そよぐ木々の作る木陰が気持ち良い参道。  葉のあいだから覗く陽光が、キランキランと射している。  木漏れ日とはこの事かと、青く繁った大樹の枝葉を眺める。  見事な枝ぶりではないか。  ああ、この木は何百年という時をここで過ごして、優しく深大寺と人々を見守ってきたのだろうか。  奈良の時代より、深大寺はこの地にあったという。  いにしえの風が吹く。  深大寺の周りに、並ぶのは数十軒ものお蕎麦屋さん。  それに甘味が誘う見晴らしのいい茶店に、賑わう土産物屋さん。  軒を連ねるお店に、気持ちが浮き立つ。  植物園と城跡や池があったりで、不動明王様が鎮座する小さな滝がある。  遊びに来た観光客が、のんびりと行き交う。  はしゃぐ浴衣の男女に目を惹かれ、いつか誰かとあんな恋人同士になれたらなんて。  僕は甘く淡い幻想に浸る。  出会いすらとんと無いくせに。  僕は石造りのベンチで、さっき買ったよく冷えたラムネを飲んだ。  店主がビー玉を落とし込んで栓を開けてくれたのだけれど。  その実はラムネは自分で開けたかったなんて、子供っぽいだろうか。  親切なのだからと思わねば。  しゅわしゅわっと瓶からあふれ、いつも慌てるくせに。  でも、それがいいのか。  ラムネとはそんなもの。  ひと夏のひとコマ、それがいいんだ。    僕は急な雨に降られて、一軒のお蕎麦屋さんに入った。  雨宿りは参道が見える縁側席で。  晴れと雨が混在した。  大粒の雨が降りながら、太陽に照らされてる。  雫雨は光を受け、光ってる。  こりゃ、お天気雨だな。    入った店の庭には、チョロチョロ水が流れてて石のカエルの置物がこちらを見てる。  不思議な音色が聴こえた。  向こうから。  やがて通る。  僕の目の前を通るのは、あっ、きつねたちの行列だ。  目を見張る。  鼓動が早くなる。  これはきっときつねの嫁入り。  そうだ、きつねの婚礼式。  姿は人の形をしてるが、ちと違うから。  獣の耳に尻尾もついているじゃあないか。  先頭きつねは、提灯下げる。  和の傘の下、和装の花嫁に花婿。  嫁入り主役の二人は、寄り添いしずしずと進む。  どうやら僕は、とても不思議な世界に迷い込んだみたいだ。
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