知らない町へ行こう

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 彼女のSNSアカウントを見付けてしまったのは数ヶ月前のことだった。おせっかい機能が「あなたの知り合いかも?」と彼女のアカウントを通知してきたのだ。別に確認する必要なんてなかったが、私はその通知を開いてしまった。アイコンの顔写真を見て、すぐに彼女だとわかった。忘れかけていたつらい記憶が、一気によみがえった。  プロフィールには、「今が一番幸せ」とだけ書かれていた。フォロワー数も多く、彼女は幸せそうに見えた。最新の投稿は、彼女の指と小さな赤ちゃんの手が写った写真だ。よせば良いのに、私は画面をスクロールして、過去の投稿を遡ってしまう。  親友とライブに行った。ディズニーランドに行った。バーベキューをした。美味しいものを食べた。彼氏と結婚した。両親と旅行に行った。そんな日々の記録が、いくつもの正方形の中にまるで宝石のように収められている。最新の投稿に戻る。写真をタップする。投稿に添えられたコメントを見る。おめでとうの嵐だ。  妙な気分だった。彼女が手に入れた幸せは、私の理想の幸せというわけではなかった。子供は産みたいと思ったことがなかったし、結婚だってどっちでも構わない。しかし――  自分の人生について考えてみた。毎日家と職場の往復。彼氏はいない。友達とは2年会ってない。趣味もない。お金も大してない。両親と旅行に行くこともない。  自分には何もないのではないか。  ひどく惨めな気分になり、同時に少し腹立たしくなった。スマホを握る手に、思わず力が入る程に。    それなのに、私はその日を境に彼女の投稿を見るのをやめられなくなった。定期的に見てしまうのだ。過去に囚われ、気になって気になって仕方がない。気にしては負けだと思うほどに、返って気になってしまう。そんな自分に嫌悪感を募らせる。愚かであることは百も承知だった。こんな報告をいちいち真に受けていることも、自分の幸せに注力できないことも。わかっていた。SNSで幸せアピールをしている人間が、本当に幸せとは限らないことくらい。それに他人の幸せに不満を持つくらいなら、自分が幸せになる努力をするべきだろう。それでも――  彼女が幸せなことに納得がいなかい。私はどこかで彼女の不幸を願っている。そんな恐ろしい考えが首をもたげる。
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