夕闇に、攫って

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夕闇へ来たとき、思ったことがある。 キミに会えるんだったら、死んでもいいよ。でも、僕がここに来たのは、死ぬためじゃない。キミと帰るために来たんだ。彼女の手を強く握り返して、言った。 「嫌だ、言わない」 ぽかんとする彼女にこう続ける。 「キミが言うんだ、新村(にいむら) (はる)」 「え」 「キミの名前だ。新しい村に、闇が晴れるの、晴だ」 「…新村 晴」 「僕はキミを救いにきた。夕闇の伝承は元々、生者を殺すものじゃない。死者を生き返らせるものなんだ」 彼女の身体を僕の方へ抱き寄せる。今度は絶対に離さない。 「僕の名前は、中村(なかむら) 正樹(まさき)だ。覚えているか、新村 晴」 「ナカムラ、マサキ。中村 正樹。忘れるわけないよ。だって、わたしの、私の好きな人だもん」 「帰りたいと、強く望め。生きたいと、強く願え。そして、言うんだ、あの言葉を!」 帰りたい、生きたい、君の元へ、正樹くんのところへ。 「私を『(さら)って』、正樹くん!」 太陽と月の境目にできる薄明りの世界、夕闇。 片方は太陽へ、片方は月へと続く道を、僕たちは太陽に向かって歩いていた。
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