勿忘草

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勿忘草

「ねぇ、ばーちゃん。なにしてるの?」 「忘れ薬を作ってるのさ」  問いかけた少女に、老女は巨大な壺の中身をこれまた巨大な薬さじでかき混ぜながら答える。 「わすれぐすり?」 「飲めばどんなことでも忘れられる、魔法の薬さ」  驚いた少女が、パッと顔を輝かせる。 「すごい! どんなことでも?」 「ああ。そうさ。すごいだろう!」  少女に笑いかけた老女が、窓際の鉢から青い花を摘み取り、壺の中へ放り込んだ。 「ばーちゃん、そのお花は?」 「これかい。勿忘草だよ」 「わすれなぐさ?」 「忘れてはいけません、って意味の花さね」  老女の言葉の意味がわからず、少女がぽかんと口を開けて首をかしげる。 「わすれてはいけないおはなで、わすれぐすりをつくるの?」 「そうさね。皮肉なもんだろう?」 「ひにく?」 「とーってもひどい話、ってことさ」 「そっか、ひどいはなし!」 「ああ、ひどい話さね!」  少女と老女が、顔と声を揃えて大笑いする。 「サトは何か忘れたいことはあるかい?」 「わすれたいこと?」  友達の男の子とひどい喧嘩をしたこと。ウサギ小屋のウサギが病気で死んでしまったこと。いたずらが過ぎてお母さんを泣かせてしまったこと――少女が思いつく端から言いつのる。 「いっぱいあるねぇ。でもね、サト。簡単に忘れたいなんて思っちゃいけないよ」 「なんで?」 「どんなことでも、覚えておくってことはそれだけで大事なのさ。それがどれだけ辛いことでも悲しいことでもね」  壺の中身を薬さじでひとさじ掬い、その色を見て出来具合を確かめる老女。 「だから、この薬はね、何でもかんでも忘れたがるバカな連中から金を巻き上げるためだけに使えばいいのさ。サトは絶対に使っちゃいけないよ」 「……ばーちゃんって、あくじょだよね」  つい最近、絵本のタイトルで知った言葉を使う少女。 「当たり前さね。なんたって私は――」  老女は少女へ頷き、その口角をニヤリとゆがめ、 「魔女だからね」
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