プロローグ

2/3
123人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ
ー side 嵐 ー 「(あらし)さぁ、いっつもその帽子かぶってるよな」  夏休み二週目。補習組の俺は学校に来ていた。 「走れ!って言われてんじゃん。でもお前、楽しい夏休みに此処で足止め食らってんじゃん? どこに走っていくか決めてんの?」  これで一応高校三年生だ。同じく補習組の同級生はきっと進路の話をしているのだろう。 「決めてない。お前は決めてんの?」  聞き返すと補習用のプリントを睨みつけながらそいつは眉を寄せた。 「この問題も解けないのに、進路という道が切り開けると思うか?」 「なるほど。お前は哲学者になるかポエマーになれ」 「ポエマー!」  大笑いしながらもちゃっかり俺の答えを書き写すと、そいつはシャープペンをくるくる回しながら答えた。 「まぁでも、実家の仕事でも継ぐかな」  しっかりした進路じゃないか。  こいつの実家がなんの仕事をしているのかまでは知らないが、ご立派な将来計画だと思う。俺と同じように補習を受けていても、こいつには安定の未来がありそうだな。  クーラーの効いた教室から、窓いっぱいに広がっている青空と入道雲を見る。  校庭では野球部がバッティング練習をしているらしく、カン!と響く音が夏の暑苦しさを際立たせているようだった。  将来……か。  解けない問題にため息をついて、俺は被っていた帽子をとってそこに刺繍されている RUN の文字を見つめた。 『でっかくなれよ!』  懐かしい兄ちゃんの声が蘇る。  大好きだったんだ。優しくてカッコイイ兄ちゃん。  虫取り網を持って走り回る俺のためにたくさん虫を捕まえてくれた。虫かごに蝉を詰め込みすぎて、煩くてかなわないって親に嫌な顔をされたけど、俺にとっては本当にヒーローだった。  虫を捕り終えると必ず家に招いてくれて、縁側でひとやすみ。扇風機の優しい風と風鈴の音。ミンミン煩い蝉。そしていつもおばさんがデザートを出してくれるんだ。スイカ、アイス、カステラ、ジュース。  けど格別に美味かったのは、兄ちゃんが作ったという、水色のゼリー。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!