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初めてのエッチは決して幸せではなかったけど、翌日家に招いてもらえた。
おばさんはパートに出ていて、家には兄ちゃんが一人だけだった。
ミンミンと煩い蝉の声。懐かしい台所と畳の居間。奥の仏壇には春に亡くなったおじさんの遺影が飾られてあった。
「どっちがいい?」
そう言って運ばれてきたのはとても綺麗なオレンジ色をしたクラッシュゼリーと、懐かしいあの水色ゼリーだった。
「こっち」
迷うことなく選んだゼリーに兄ちゃんは照れくさそうに笑うと、「だよな」と呟いた。
そして机を挟んで俺の前に正座すると、少しだけ頬を染め、こちらをチラチラと盗み見た。
「なに?」
そんなことされると俺の方が恥ずかしい。でも恥ずかしいのは兄ちゃんも同じだったみたいで……。
「あの……俺。お前よりすごく年上だし、おっさんなんだけど……」
「うん」
「うん…って、うんって言うなよ! そこはまだまだ若いって言えよ!」
え、そこを怒られるの? 別におっさんを肯定したわけじゃなくて、続きを促しただけなんだけど……。
顔を赤くして怒る兄ちゃんは、「これだから若いヤツは!」なんて言ってるけど、照れ隠しで怒っているだけのような気がした。
「それで?」
ぷりぷり怒って続きを躊躇しているような兄ちゃんに先を催促する。するとやはり兄ちゃんは更に赤面し、しゅんと静かになった。
「あの……だから」
「俺がすぐ飽きると思ってるの? 若いから?」
「え……」
「十三年だよ? 十三年も待ってたのに、俺がすぐに飽きると思う?」
兄ちゃんは俺を見つめ、そしてまたその瞳に涙をためた。
「俺を他の男と一緒にするなよ。俺、結構しつこいんだから」
言う俺に、兄ちゃんは泣き笑いみたいな声を漏らすと、ずいっと銀色のスプーンを差し出した。
「忘れたい恋がある。忘れたい思い出が……ある。嵐が、塗り替えてくれ」
差し出されたスプーン。
それを受け取る振りをして、俺は兄ちゃんを力いっぱい引き寄せた。
ガタンっと大きく揺れた机。兄ちゃんの分のオレンジゼリーは倒れたけど、水色のゼリーは倒れなかった。
「うん。前の男が思い出せなくなるくらい、愛してあげる」
今日から始まる物語は上塗り禁止だ。何があったのかは知らないけど、俺が幸せのキスを教えてあげる。年下だからって……、高校生だからって、そんな後悔出来ないくらい愛してあげる。
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