最後のラブレター

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賢一は毎日仕事帰りに入院中の妻を見舞うのが日課になっていた。 毎日訪れていても、同じような部屋が並んだ総合病院の病棟では、病室に入る前には必ず名札を確認する。 以前に部屋を間違えてしまった事があるからだ、 その時はまだ大部屋で、赤の他人に声をかけて大いに恥をかいた、 今は個室になったとはいえ、それでも念を入れて確認する。 「ごめん、仕事が片付かなくて遅くなっちゃった」 ベッドの上で何本もの管に繋がれた妻は口元に笑みをたたえ頷く、 「無理…しないで……」 耳を近づけないと聞き取れない程の弱々しい声で答えた。 「無理はしてないよ、心配しなくて大丈夫、今日は大変だったんだよ、」 他愛もないその日の出来事を、身振り手振りを交えて報告する。 「今日の……ラブレターはない…の?」 「あっ、ごめん、ついつい話に夢中で忘れてた、ちゃんとあるよ」 ビジネスバッグから折りたたんだ便箋を取り出して姿勢を糺した、 病室に訪れる時は必ず妻への愛情をしたためる。 元来賢一は筆不精だった、 妻との交際中も結婚してからもラブレターというものを書いたためしがない、 そんな彼が毎日病室へラブレターを持参するのには訳があった、 入院当初、妻に何が欲しいか訊ねたところ、短くてもいいからラブレターを書いて欲しいと言われてしまったからだ。 賢一は戸惑った、喋りは得意な方だが文章を書くのは苦手だし、妻への愛情は人一倍あると思っていても、それを言葉や態度で表すのも苦手だった。 そんなことは妻も重々承知で、だからこそ賢一からの心のこもった恋文が欲しいとねだったのだ。 「……読んでよ」 妻は目を閉じ神妙な面持ちで賢一の言葉を待っている、 賢一の言葉を一言一句逃さまいと集中していた。 ラブレターを読み終えると、いつも妻は決まった言葉を口にする、 「私が好きなのね……ありがとう」 ラブレターなのだからそんな言葉で埋め尽くされているのは当然だ、賢一の愛情を確認するように頷いては満足げな笑顔を見せた。
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