恋は盲目

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「その幽霊に出会うと、恋をしてしまうんです」  Kさんはそう言うと、訥々と語り始めた。  ある時、Kさんはとある噂を耳にしたという。  ”〇〇市にある廃ビルで幽霊を見ると、その幽霊に恋をしてしまう”  Kさんはあまりの馬鹿馬鹿しさに笑う事すらできなかったが、その日の夜、Iさんと二人で飲んでいる時にその事を話すと、オカルト好きなIさんは見事に食い付いた。  アルコールによって気が大きくなっていたIさんは今すぐその廃ビルに行こうと言い出し、幸か不幸かその〇〇市は電車で数分の場所にあり、何よりもこうなったIさんを止める事は難しいと知っていたKさんは大人しく同行する事にした。 「この時、私はちゃんと止めていればあんな事にはならなかったのかなぁって、今でも後悔しています……」  終電に乗り込み目的の駅に着くまでの間、KさんとIさんはスマホを使って情報を集める事にした。  しかし、これといった情報を得る事はできず、そもそもその市には廃ビルがいくつかあり、どの廃ビルが噂の廃ビルなのかすら分からなかった。  目的の駅に到着し、自分たちの計画性の無さに呆れているKさんとは対照的に、Iさんは期待に胸を躍らせながら駅の改札を抜けて行った。  ――それから二時間ほどが経過し、スマホの地図アプリを駆使しながら数件の廃ビルを探索したが、結局それらしい廃ビルにも幽霊にも出会えずにいた。  アルコールも薄れてきたせいか、流石のIさんも意気消沈といった雰囲気で、次の廃ビルで何も無ければネカフェでも探そうという話になった。 「まぁ、その……最後に行った場所が、噂の廃ビルだったんです」  四階建ての小さなビルだったという。  窓ガラスは全て外されており、外壁には植物の蔦が毛細血管のように貼り付いている。  二人で手分けして廃ビルを探索する事になり、Kさんは一階と二階を、Iさんは三階と四階を探索する事にした。  階段を上って行くIさんを見送り一階の探索をしていると、Kさんはある事に気が付いた。  ここまで探索してきた他の廃ビルと比べると、異様なまでにビル内部が綺麗だったのだ。  床には埃や砂が一切落ちておらず、壁には落書き一つ無かった。もしかしたらまだ使われているのではないかと錯覚してしまうほどだったという。  Kさんはここが噂の廃ビルである事を直感的に理解できた。 「うわあああああああああああ!!!!」  直後、上の階からIさんの叫び声と階段をバタバタと走り降りてくる音が聞こえ、Kさんは反射的に窓から外に飛び出した。  ビルの入り口から出て来たIさんは額に脂汗を滲ませ、その表情には困惑と恐怖が浮かんでいるようだった。  Iさんはショックからか何も話すことができず、二人はとりあえず明かりを求めて近くのコンビニへ向かい、始発電車の時間までコンビニのフードコートで過ごした。 「Iが言うには、普通の女の人だったって……何と言うか、どこにでも居そうな、美人でもなければ、特徴のある顔でもない普通の女の人、そんな風に言ってました……」  それからIさんの様子が少しずつおかしくなっていった。  ふとした時にどこか遠くを見つめ、心ここにあらずといった事が少しずつ多くなっていき、一週間が経過した頃には何をするにも気が抜けたような様子で、日常生活すらままならなくなってしまったという。 「何て言うか、それこそ、少女漫画の恋するヒロインみたいな様子でした」  流石にこのままでは不味いと感じたKさんはIさんに詳しく話を聞いた。 すると、Iさんは虚ろな表情のまま淡々と答えた。 「あの女が頭から離れないんだ。何をしてても、何を考えていても、ずっと頭の中にあの女が居るんだよ……」  Iさんはそれからほどなくして実家に帰省、現在は病院にて治療を受けているとの事だ。  その後、Kさんは例の廃ビルについて色々と調べたようだが、何の情報も得られなかったらしい。 「えぇ、ネットで色々と調べたり、それこそ、廃ビルの周りに住んでいる人たちに聞き込みなんかもしたんですが、結局、何の情報も無かったんです……でも、それっておかしくないですか?」  Kさんは続けた。 「例の廃ビルが廃ビルになる前の情報も一切無いんです。普通、どこかの会社や事務所が入っていたとか、何かしらあると思うんです。でも、何も無い。もしかして、意図的に何かを隠しているんじゃないかって思ってしまうんです……ほら、それこそ、見えない何かに目隠しされてるような……」  それから最後に、Kさんは思い出したかのように言った。 「そもそも例の廃ビルと幽霊の噂なんですが、いつ、どこで、誰から聞いたのかすら、まったく思い出せないんですよね……」  Kさんは現在も、例の廃ビルと女の幽霊に関する情報を集め続けている。
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