薬局の魔女

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「なんてことをしてくれたんだ……。俺は薬を頼んだのに、その娘に俺を喰わせたっていうのか」  呻きのような言葉に女は肩を竦めて首を横に振る。 「食べさせたなんて滅相もない。あなたを余すところなく材料に、確かに娘さんの命を救う薬を作りましたとも。おかげですっかり元気になられたでしょう?」 「だが、人間だぞ!? それも実の父親を!」 「材料について知っていたら止めたとでもおっしゃいます?」 「ぐ……。それは」  女は吸い尽くした煙草を無造作に投げ捨て次の煙草に火を付ける。 「あなたは知っていてもなお自分の命を贄に捧げて、娘に肉親喰らいの咎を負わせて、それでも生き延びさせることを望んだのではなくって?」  それ以上言い返せなかった。その通りだ。きっとあのときの俺は、自分を殺して薬にして娘に飲ませれば助かると説明を受けても、その道を選んだに違いない。  少しの()をおいて、俺が納得したと察したのか女が続ける。 「本当は人格を入れないことも出来たのですが、あなたを娘さんのなかに入れておいたのは今日のような事件が起きる可能性があったからです」 「どういう意味だ」 「私の製薬はほかに伝え知る者が無い秘伝の技術。その製法を盗むために私だけでなく、僅かな残滓でも得られるのではないかとその顧客の身体に手を出す不埒な者もおりまして」 「つまり俺は有事のボディーガードみたいなもんだと」 「あなたほどモチベーションが高く滅私の姿勢でボディーガードできる人物もなかなか居ないでしょうし」 「滅私っていうかもう死んでるしな……まあだいたいわかったよ。あんたが良かれと手を打ってくれた結果だってことも」 「ご理解いただけたようでなによりです」 「そうだ、もうひとつ。この身体、女子高生にしては馬力がおかしくないか?」  女性としては圧倒的に体格がいいが、それにしても蹴りの一発で人間が吹き飛ぶなんてあり得ないだろう。 「こういうこともあろうかと処方したお薬に少々健康増進に役立つものを。お身体の痛みも無いのではありませんか?」  言われてみれば車にはねられてあれだけ盛大に吹き飛んだというのに少々擦り傷がある程度で身体のどこにも異常がない。あまりにも頑丈過ぎる。  健康というレベルではないと思うが、これも女の、薬局の魔女の仕業というわけか。娘の健康は本当に大丈夫なんだろうか。逆に少し不安になってくる。 「さて、他にご質問が無いようでしたらそろそろ参りましょう」 「どこへだ?」  女は天井を指差す。 「彼らはこの辺りを根城にしている半グレです。ここで根絶やしにしておけば後腐れなく平和な生活を謳歌できますよ」 「根絶やしって……」 「ああ、ご心配なく。とりあえず逃げたり暴れたり出来ない程度に叩きのめしていただければ、あとは私のほうで手配致しますので」 「しかしなあ」  いくら娘のためとはいえ、その身体を使って他人に暴力を振るうのはやはり引け目がある。 「通報するとかじゃ駄目なのか?」  いくら自衛のためとはいえ、さすがにこれは不味い。万が一表沙汰になったら娘の人生が危うい。 「それはご遠慮ください。あなたの秘密を他人に知られたままにしておくのはあなたにとっても私にとってもよくないと思いませんか? それにここは社会実験特区【カルドロン】です。区外の法など最初から通用しませんよ」  女は事もなげにさらりと言った。 「彼らも、私も、もちろんここではあなたも」 「……」  法治国家には自力救済禁止の原則というものがある。ざっくりと言えば違法行為に違法行為で対抗してはならないというものだ。  しかし、この社会実験特区に法は無い。  自分という存在は自力で救済するしかない。  だとするならば、娘を守りたい俺は区外では違法とされていることだとしても、必要であれば決断しなくてはならない。  覚悟を決めてひとつ頷く。 「わかった」
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