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薬師院博士は長らく大学院に勤めて薬学を研究し、目覚ましい成果を上げてきた。引退した後も日夜、自宅で趣味と実益を兼ねて新しい薬の研究に没頭し、社会に貢献していた。医薬品の登録販売者でもある。そんな彼のもとには大企業の幹部や政治家といったエリートからかつての教え子や現役の薬学者といった研究者まで、多様な人々が相談にやって来る。
今日もまた一人、相談に来る客があった。新薬を完成させたばかりだが、薬師院博士は嫌な顔一つせず応対した。
今日の相談者は薬師院博士の自宅兼研究所の近くに住んでいる、黒沼という男だった。小学四年生くらいの男の子を引き連れている。お高く止まったところのない薬師院博士は、業界関係者だけでなく近所の人びとからも頼りにされているのだ。
客間に通された黒沼はいかめしい顔をしながら挨拶してきた。
「お忙しいところ失礼します。ご存じかと思いますが、私は近所に住む黒沼という者です」
「ええ、存じておりますよ。あの大きなお屋敷の」
資産家で有名な黒沼の邸宅はこの界隈でも特に大きく、近隣の人びとから『お屋敷』と呼ばれていた。
「今日は薬師院博士に折り入ってお願いがあって参りました」
手土産の菓子折りを差し出しながら、黒沼は深刻そうな顔で切り出した。
「ご丁寧にどうも。で、何です?頼みというのは」
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