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ひとまず外へ出て、助けを呼ぼう。そんなことを考えていると男が自分を支えにしていた椅子を振り上げた。振り下ろす間に私は横へと動き、椅子が床に思い切り叩きつけられる音が耳に障った。次の動作に男が入る前に私は男の横を走り抜け、廊下に飛び出そうとした。
が、男の動作の方が速かった。
横腹に椅子が食い込み、私は床に倒れ込んだ。古い木の匂いがする。すぐに立ち上がらなくては、と身体を起こすため床に手をついたが、上から男による椅子の打撃が連続し、私は自分の頭を守ることに精一杯になってしまった。古い椅子が私に叩き付けられる度にみしみしと音を立てる。明珍氏がいつも「そこにおかけなさい」と言ってくれた椅子。私が訪問するといつも座っていた椅子である。肘掛けがボキリと折れる。柵状の背もたれが私の腕に当たる度に歪んでいき、最終的には折れる。
何なんだこの男は——
静かに一人で暮らしている明珍氏の家で騒ぎ立て、暴力を振う謎の男に私は猛烈に腹が立った。一体何の仕打ちだというのだろう。私は明珍氏に余生を穏やかに過ごしてほしい。それなのにこの男ときたら……
もはや座面と脚のみになってしまった椅子をまだ振り下ろし続ける男の形相は、人はこんな表情ができるのだなと感心してしまうほどの歪み方である。このままこの男に殺されてしまうかもしれない。しかしそんなことは許せない。こんな異常者に私の人生を終わらせられてたまるか。反撃に出たいが男の猛攻は続き、私はただ頭を守ることしかできなかった。
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