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太陽が照りつける甲子園。
泥だらけのユニフォーム、エースナンバー、滴る汗。
あのとき、虚無だった私を揺さぶった眼差し。
「ねえ、久しぶり」
過去は、色褪せることなく目の前に広がっていた。
笑いが込み上げたのは、思いがけず彼の近影を目にしたからだ。
細身だった少年が、すっかり恰幅の良いオジサンになっている。
ねえ、久しぶり。
まあ、私もオバサンになったんだけどね。
気力に乏しいのは昔から変わらない。でも。
家族に囲まれ、細々と物を書いて生活する現在、まずまず納得の人生だ。
スマートフォンの電源を落とすと、現実に引き戻された。
今年も、夏が終わろうとしている。
来年の夏か、もっと先か。
あの子は、これからも気まぐれのようにやって来るだろう。
キラリと光る記憶として。
《了》
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