今。そして地震。

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今。そして地震。

 二十歳になった今では大人数の旅行や合宿よりも一人旅の方が断然好きだ。十七歳の時より社交性は失われたかも知れない。私が一緒に旅行へ行っても良いと思うのはただ一人の親友だけ。だけど彼女と何処かへ行く機会は今後一切失われたかも知れない。そう、私のせいで。だから今夜、私は願いを叶えるために青竹城を三年振りに訪れた。九月の満月、祈祷も終わった夜中に一人、入れるわけもない城にやって来た。  夜闇に浮かぶ青竹城は、小学生や十七歳の時に訪れた際には感じなかった威圧感を放っていた。暴漢の方が怖いと先程は思ったけれども目の前にすると霊や妖怪の類に対しても恐怖を抱いた。もし城に入れたとして、最上階まで辿り着けないかも。ふと気が付くとワンピースの布地を固く握り締めていた。慌てて手を広げる。皺を軽く叩いたけれども元通りには戻らない。洗濯をして、しっかりアイロンをかける必要がありそうだ。  深呼吸をする。とても怖い。だけど私には叶えたい願いがある。伝説に縋りたい程、切実な望み。そして今日、此処へやって来たのはその希望すら諦めるためだ。どうせ城には入れない。だから縋る事すら叶わない。実際に足を運び、目の当たりにすれば諦めもつく。最初から駄目だとわかっている現実をわざわざ確認しに来るくらい、私の気持ちは乱れていた。そもそも実家からは三駅だけれど、今日の私は一人暮らしをしているアパートから三時間かけて訪れた。駅前のビジネスホテルにわざわざ宿泊までして。実家に泊まってしまえば夜中に出歩けない。故にお金を払って宿を押さえて、深夜の青竹城へやって来た。願いを叶えるため。そしてそれを諦めるため。我ながらどうかしている。だけど私は今実際に、此処へ立っている。  意を決して城の入口に近付く。威圧感が増す。お腹が痛くなる。手術の傷跡が疼いた気がした。それでも唇を噛み、拳を握り締め、一歩ずつ前へ進んで行く。閉まった扉が目に入る。押しても引いても開かないのを確認しなきゃ。中へ入れないと諦めよう。  その時、地面の下から突き上げるような衝撃が走った。地震だ。咄嗟にその場へしゃがみこむ。屋外で大きな地震に遭遇したらどうしたらいいのか。室内なら机に潜るのに。屋根瓦が落ちて来そうで怖いので、城から距離を取る。不安で近くの街灯へ駆け寄った。街灯も少し揺れていたけれどもすぐに収まった。中腰になって地面へ手を当てる。もう地震は終わったのかな。今の地震についてスマートフォンで確認する。まだ速報は出ていない。いくら情報社会とは言え、流石に今の今では無理か。鞄からペットボトルの水を取り出す。三口ほど飲むと若干落ち着いた。そして思わぬ横槍が入ったが、私の目的はまだ果たされていない。再び緊張を覚えながら入口へ近付く。心無しか先程よりも早く到着した。少し状況に慣れてきたのかも。そう思った矢先。 「え?」  つい声が漏れた。閉まっていた扉。それが開いていた。鼓動が高鳴る。まさか、そんな都合のいい偶然があるものか。同時に異変を感じた。中でブザーが鳴っている。恐らく、侵入者対策の警報装置が作動しているのだ。扉が開いたせいか、それとも地震の影響による誤作動なのかはわからない。ただ、警報が鳴っているということは警備員が駆けつける未来を示している。私が中に入ったら不法侵入者として取り押さえられるに違いない。駄目だ、やっぱり入れない。諦めながらも安堵している自分がいた。だって夜中のお城なんてやっぱり怖いもの。  入口に背を向ける。帰ろう。本当にどうかしていた。伝説に縋って、お金を払って宿泊までしておいて今更だけど、私はどこまでも自分を見失っていた。伝説を叶えるために夜中のお城へ不法侵入して犯罪者になるなんて、質の悪い馬鹿者だ。街灯のところまで戻る。そう言えば地震の情報は出ただろうか。再びスマートフォンを開く。震度は三。そして震源地は。  目を見開く。マップを拡大した。冷や汗が頬を伝う。震源地のど真ん中に青竹城の名前が見えた。此処の真下なのか。だから震度三でもあれほどの衝撃を感じたのだ。  不意に声が聞こえた。顔を上げる。自転車に乗った男の警備員が二人、城の前で降りるのが見えた。足音を忍ばせて入口近くの木の陰に隠れる。どうしてそんな行動を取ったのか、自分でもわからず混乱する。これでは不審者だ。ただ、彼らの会話を聞かなければいけない、と何故か強く感じた。耳を澄ませる。いくら静かであっても建物の中で話している内容までは聞こえない。しかし二人はすぐに出て来た。息を殺す。 「鍵、壊れちまったな。さっきの地震、そんなに大きかったか」 「古くなっていたからだろう。壊れた物は仕方ない、扉を閉めておけば入る奴もいないさ。上には俺から報告しておく。ついでに地震の度に誤作動を起こす警報器の入れ替えについてもな」 「鍵が閉まらないなら警報も起動出来ないぞ。大丈夫か」 「大丈夫大丈夫。盗る物も無いし、そもそも夜中に人が入ろうとした試しがあったか?」  そんな会話を交わしながら自転車に乗り去って行った。鍵は壊れた。警報も働いていない。呼吸が荒くなる。おかしい。出来すぎている。これでは私に入れと言っているようなものではないか。  九月の満月の夜、青竹城の最上階を訪れると神様が願いを叶えてくれる。  改めて伝説が頭を過ぎる。来いと言うの。神様が呼んでいるのかな。辺りを何度も見回す。そして静かに入口へ向かった。ハンカチを取り出し手に当てる。扉の鉄の棒を握った。指紋を残さないよう注意する。心臓は破裂しそうなほど早鐘を打っていた。大丈夫、落ち着いて。警報は鳴らない。だから今日だけは入城しても捕まったりはしない。それにもし、警報が鳴ったらすぐに逃げればいい。最悪、警備員に捕まってしまったら不法侵入が可能である旨を大声で喋っていた彼らが悪いと言い張ってしまえ。  開き直りながらゆっくりと扉を開く。本当に警報は鳴らないのか。彼らの勘違いの可能性もある。だから落ち着かない。でも心配は杞憂に終わった。人一人が通れるくらい、扉を開けても城の中は静かなままだった。そっと滑り込む。少しだけ開いた状態で扉から手を離した。完全に締め切ってしまうと閉じ込められそうで嫌だった。
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