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狐のような細く釣り上がったこの目が、ずっと、大嫌いだった。
好きだった初恋のあの人から否定されたからだ。
『あいつの目って、キツネみたいでなんか、こわいよな』
放課後の教室で聞いたあの人の本音。
知りたくなかった、聞きたくなかった。
好きな人に否定されるほど、つらいことなんか、ないのに。
それから数年が経ち、かわいくなれるように自分磨きを頑張って自分でいうのもあれだが、それなりにモテてはきたし女友達からも容姿をよく褒められることもある。
それと同時に『なんでかわいいのに彼氏いないか不思議』、『彼氏作りなよ』と皆口を揃えていうのだから内心またか、と辟易しつつも『そのうちね〜』といってうまくかわしているつもり。
好意を寄せていた男の人からも『中学時代とかに彼氏いそうなのに不思議』っていわれたりもしたけれど、その中学時代に好きだった人から否定されたから。
だれかと深い関係になるのが、こわくなっちゃった。
素顔を見られるのも、グチャグチャドロドロした醜い中身を知られるのも、だれかの哀しい本音を知ることも、もう、ぜんぶいやなんだ。
言葉は諸刃の剣、とだれかがいつかいっていたけど、ほんとうだよね。
いつまでも、あの人の言葉にとらわれている。
どんなに努力しても解けない呪いを、ずっとかけられた。
いつもの日課である早朝ウォーキングをしていたら晴れていたのに突然ぽつりぽつり、と小雨が降ってきてだんだんと雨が激しくなってきた。
そうしたらメイクが、落ちてしまった。
ああ、ああ、醜い素顔を見られてしまう。
見ないで、だれも、見ないで。
お願いだから、見ないでください…。
泣きそうになりながらうつむいていたら、頭上から『大丈夫ですか?』と柔らかい声がした。
顔を上げると、柔和な顔立ちをした垂れ目で優しそうな男の人がハンカチを差し出そうとしていた。
『大丈夫、です…』
そういいつつも大丈夫じゃない。
『そうでしたか。なんだか、泣いているようにみえたので余計なお世話だったらすみません』
そういいながら眉を八の字に垂れたような困り笑いを浮かべていた。
優しそうな目だから、きっとこの人は一度も見た目でこわいなんていわれたことなさそうだ。
『…いいな』
おもわずポツリ、とつぶやいてしまった。
『え?』
当たり前だが、キョトンとした顔をされた。
『あっ、いえ優しそうな目をしているから一度もこわいっていわれたことなさそうでいいなあって』
初対面の人に、しかも男の人になにをいっているのだろうと我ながら頭を抱えたくなる。
『はじめてそんなこといわれました』
彼は、少し驚きつつもなぜか嬉しそうでもあった。
『よければ、少しあちらの公園で話しませんか?』
彼が持っていた折り畳み傘を差して隣で歩きながら中学時代の話を打ち明けた。
『…そういうことがあったのですね』
コクン、と頷いた。
『僕は、いいと思いますけどね。切れ長できれいな目をしてて理知的な女性だなあってみたとき思いましたもん、僕はあなたの目、好きです、とても』
彼は、照れながらもそう打ち明けてくれた。
『あっ、雨やみましたよ』
彼がそういい、空を見上げると。
雨上がりの青空に、うっすらとだけど虹の橋が架かっていた。
さっきから雨が降ってきてたのに晴れていて不思議な天気だとは思っていたが。
『…きれい』
そう思わず呟いたら、彼が『晴れてるのに雨が降ってるのを天泣といって、その天泣のあとに虹が架かるといい事起きるらしいですよ』といった。
『いい事ならもう起きてます』
それはね、あなたに出会えたこと、というのはまだ内緒。
それから何度か逢瀬を重ねて数ヶ月後、彼と結婚した時には狐の嫁入りだ、といわれたりしたけど。
でも、いいの。
だれになにをいわれても、もうわざわざ傷ついたりなんかしない。
私の貴重な時間をそんな人たちに使わせない、だって、私の時間は狐を愛したあなたのために使いたいもの。
ああそれと、天泣には狐の嫁入りという意味があって嬉し泣きともいうみたい。
あの時、あなたがきれいだといってくれた時傘に隠れてこっそり嬉し泣きをしていたの。
ありがとう、私の傷を癒してくれて。
結婚式のアルバムをいっしょに眺めていたら、空に虹の橋が架かっててふたりでフフっと笑いあった。
窓の外には、私たちを見守るように雨上がりの虹の橋が架かっていた。
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