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それから文化祭までの数週間は本当に忙しくスケジュール調整や校内の装飾などでギリギリまで準備に追われていた。
クラスの出し物も写真映えを意識したドリンクやお菓子を出す喫茶店に決まり、陽の方もそちらの準備で駆り出されることが多くなっていった。
「いろいろ忙しかったけど無事に最終日を迎えられて良かったね」
「うん。最後の一週間はさすがにキツかったけど何とか形になって良かったよ」
文化祭最終日、受付のテントの中で真紘と二人お互いを労った。
実行委員なんて初めは不安しかなかったけれど真紘とも友達になれたし、何よりもこの達成感を味わえて本当にやって良かったなと今では思える。
初日の昨日はトラブルがあったりして結局バタバタしてしまい、陽とは一緒に過ごせなかった。
だから今日は何としても陽との時間を作りたかった。
時計を見るとお昼を過ぎたばかりだった。
陽はそろそろ休憩時間のはずだ。
受付といっても事前にスマホで登録した画面を確認するだけなので、この頃になると来校者の数も大分落ち着いてきていた。
「悠くん、津崎くんと約束あるんでしょ?ここは僕一人で大丈夫そうだから行って来ていいよ」
「え?何でわかったの?」
見透かされたような真紘の言葉に驚く。
「二人の様子を見てれば誰でもわかるよ。本当に仲がいいんだね」
「う、うん。でも本当にいいの?」
「うん、本当に大丈夫だから。もし何かあったら連絡するよ」
「ありがとう」
真紘にペコリと頭を下げた。
クラスの教室に着くとちょうど陽が後ろのドアから出てくるところだった。
「あれ?悠、受付はもういいの?」
「うん!真紘くんがいいって言ってくれて」
それから二人で校舎をたくさんまわった。
クレープを食べたり、軽音部のステージを見たり、お化け屋敷に入ったり、久しぶりに二人で
たくさん笑った。
「悠、また口にクリームついてる」
「ええ!」
さすがに学校ではこの前みたいなことはなかったけれど、陽の笑顔がずっと優しくて、同じタイミングで笑って、隣にいるだけで本当に楽しかった。
たまに手が触れてお互い恥ずかしくてパッと離した。その時の陽の頬が少し赤くて嬉しくなった。
「なあ悠、今度はこれ見に行こう」
陽がパンフレットを指して言った。
突然、
その声が二重に聞こえた。
あ…れ…?
心臓がドクンと大きく跳ねる。
一瞬、視界がぐにゃりと歪んでよろめいた。
「悠、どうした?」
陽が心配そうに顔を覗き込む。
忘れもしないこの感覚。
確か予定ではまだ数日先のはずだったのに。
よりにもよって何で今日、今この瞬間にやってくるのか。
「悠…もしかして発情きた…?」
今日は陽と最後まで楽しく過ごしたかったのに。
「うん…ごめん…」
もう既にそう答えるのがやっとの状態だった。
冷や汗が止まらず立っていられない。
廊下の壁に手をついて肩で息をする。
「あれ?何か甘い匂いしない?」
近くにいる人々がフェロモンに反応し始めた。
早くどこかに身を隠さなければー。
でもこの場所からだと保健室はかなり遠い。
「悠、とりあえず人気のないところ行こう。どこか実行委員がおさえてる教室とかない?」
周りに気づかれないように陽が耳元で囁いた。
確かこの上の階の一番奥の教室が予備として一つ確保されていたはずだ。
「この上…一番はじっこの…教室」
「わかった。行こう」
陽は自分が着ていたカーディガンを顔が見えないように俺の頭にかぶせた。
俺は陽に支えられながら何とか歩き出した。
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