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もうすっかり日は落ち、窓の外からは後夜祭の音が微かに聞こえてきていた。
暗がりの中、陽は汗で濡れた額を丁寧に拭いてくれている。
「悠、大丈夫?」
「うん…ありがとう」
ようやく薬も効いてきたのか一度解放したらだいぶ楽になった。とはいえ、まだ半分頭はぼーっとしていた。
陽のほうはまだ興奮しているのがわかる。
「陽こそ大丈夫なの?」
「これは…ほっとけば治るから」
そう言って陽は気まずそうにシャツで隠した。
自分のせいで陽のこともこんなふうにしてしまった。
何も変わらないと思っていたけれど、やっぱり陽はアルファで自分はオメガなのだと、違う性別なのだと身をもって思い知らされた。
初めての発情の時は薬を飲んですぐに気を失ってしまったし、まだ心のどこかでは自分がオメガだという実感がなかったかもしれない。
でも今回はちがう。
恥ずかしいとか、こんな場所でとか、陽の前なのにとか…
人間らしい感情が全て麻痺していって、ただただ気持ち良くなることしか考えられなかった。
自分がどんな有り様で何をしたのかだんだんと記憶が鮮明になってくる。
「陽、俺…怖い」
汗を拭いていた陽の手が止まった。
「自分が…自分じゃなくなっていく気がする」
声が震え涙が頬を伝う。
快楽に溺れて自我を失っていく自分が容易に想像出来た。
これから一生付き合っていかなければならないと思うと不安しかなかった。
恥ずかしさからなのか、不安からなのか、申し訳なさからなのかとにかく涙が止まらない。
もう、感情がぐちゃぐちゃだった。
陽はあんな姿を見てどう思ったのだろう。
幻滅しただろうか。
これからどんな顔をして陽の隣を歩けばいい?
うずくまる俺を陽は優しく抱き寄せた。
汗で湿ったシャツから陽の香りがする。
その温もりに包まれているだけで不思議と心が落ち着いた。
陽は一度ぎゅっと強く抱きしめると、真っ直ぐに俺の目を見た。
「悠、俺と番になろ…?」
涙を指で拭うと陽は更に続けた。
「番になれば悠にこんな思いさせなくてすむ」
また一つこぼれた涙を陽は今度は口ですくった。
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