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3
引っ越してきたばかりの頃、新しい環境に馴染めず泣いてばかりいた。
友達もなかなか出来ず砂場の隅でよく泥団子を作って並べていたのをよく覚えている。
「アイツまた1人でいるぜ。なんか暗いよな」
無心になって作っているとそんな声も聞こえない気がした。
「お前、団子作るの上手いな」
でも陽だけは違った。
「どうやったらこんな綺麗な丸になんの?」
「えっ…」
「なぁ、俺にも教えてよ」
「うん!いいよ」
周りからは鬼ごっこや、かくれんぼをする楽しそうな声が聞こえて来る。
陽を誘う声が何度も聞こえてきたけれど、
日が暮れるまで陽は俺の隣にずっといてくれた。
目を開けると自室のベッドで横になっていた。
誰かが手を握ってくれている。
薄茶色の頭がベッドの隅でスースーと静かに寝息を立てていて陽の手だとすぐにわかった。
初めての発情から一週間が経っていた。あれからほとんど寝たきりの俺を心配して陽は毎日足を運んでくれていた。
ふと唇に手を当てる。陽の柔らかい唇としっとりとした舌の感触が今でも残っていた。
あの時、陽が鞄に入っていた抑制剤を見つけ口移しで飲ませてくれていたようだった。
その後の記憶はほとんどない。
後日、母親から陽が連絡をくれて慌てて職場から駆けつけたこと、その日の夜まで陽がそばにいてくれたことを知った。
「オメガであることは陽くんには知られてしまったけど、その…全部は言ってないからね」
暗い母の顔が蘇る。
でもオメガだと知られてしまった。
一番知られたくない相手に。
あんな汚い姿を見られてしまった。
欲情して自我を失っていく感覚と唇を合わせただけでゾクゾクと全身が痺れるような快感。
オメガの本能にいつしか飲まれてしまうのではないかと思うと恐怖でびくりと体が震えた。
「あっ、起きたか。体は大丈夫か?俺のことわかる?」
今ので陽を起こしてしまったようだ。
俺はこくりと、頷いた。
「はぁー良かった。昨日まで話しかけても意識もはっきりしなくてさ、心配したんだぜ」
「ごっ…ごめん」
「いいよ。謝らなくて。それよりさ今なら触っても平気?」
「えっ…」
戸惑いながらも頷くと、まるで壊れものでも触るかのようにゆっくりと陽の手が伸びてきた。
優しく頬を包むと引き寄せるように額をコツンと合わせる。
陽の瞳が、唇が、目の前にある。
「良かった…もういつもの悠だな」
「うん」
さっきまで青白かった俺の顔はみるみる赤くなった。
「来週の土曜日さ、6時に家の前に迎えに行くから」
帰り際に陽が言った。
何のことだかわからず首を傾げる。
「夏祭り。行くだろ?今年も」
部屋の隅のカレンダーに目をやる。
ちょうど一週間後は二人で毎年行っていた地元の夏祭りの日だった。
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