あの夏にさようなら

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あの夏にさようなら

父さん「……春人……おまえっ、隠し事が、できないん、だな……」 青年「ふふふふふ……誰かさんに似てるだろ」 父さん「……。……。……おまえは……おまえは……。春人……おまえは……夏恵(なつえ)が生んでくれた……俺の自慢の息子だ……」 青年「……ありがとう。……オレは父さんと仲直りしようと思った。それがオレの本当の気持ちだった。いま……父さんは改めて、オレを認めてくれた。……同じように秋華も父さんに認めてもらいたがっているんだよ」 父さん「……俺は……俺は、なにも言うべきことはない……おまえにも、秋華ちゃんにも……」 青年「ううん。オレと秋華には父さんが必要だ。……オレと彼女で父さんを支えたい。父さんもオレたちを助けてほしい。……父さんじゃなきゃ、できないことなんだよ」 父さん「……や……やめろ、また泣かせるつもりか……」 青年「そうかな……そうは思ってないんだけど。……ふふ、ふふふ、ふふっ……やっぱり、隠し事はできないのか……似たもの親子だ……あははは、ははは、はははははは……」 父さん「……フ、フフ、フフフフフフ……フフッフフフフフ……フフフフフ、おまえの笑顔は母さんそっくりだ……フフフ、フフ……フフフ……」 「そうなの? ほら……オレはそうとは知らなかった。父さんがいたから、オレはそれがわかったろう。……それじゃ、そろそろ帰るとするね。長々と話すのも疲れるから。……しばらくは絶対安静だと医者が言ってたよ」  言い終えた春人は壁際にあるイスまで戻り、バッグを肩からかけた。 父さん「……ああ、わかっている……おまえと秋華ちゃんが頼りだ……」 青年「……じゃあね……父さん、また来るから」 父さん「……ありがとう……春人」  ガララララ……と、引き戸を開けて、病室を出た春人は父親に手を振ってから戸を閉め、去って行った。  息子の足音が遠ざかっていくなか、父親は空に目をやった。  ……なあ……見たか?  ……聞いていたか、夏恵……。  春人は……俺たちの子供は……こんなに……立派になったぞ……。  なあ……夏恵……。  樹から飛び去ったのか、セミの鳴き声はもう響いていなかった。
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