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病室にて
外からは、セミの鳴き声が響いてくる。
室内灯は消えている。
部屋には窓の他に光源がない。
ベッドで仰向けに寝ている男はゆっくりと目を開いた。
「…………。……。……。……ッ、お……おまえ……いたのか……」
自身がいる部屋内を見つめ始め、白い壁で時を刻む質素な時計に目をとめ、青い空と光が入ってくる窓を見てから、視線を感じた男は首を曲げ、声を発した。
若い男の声「……おまえ、いたのか? ……これは、これは、とんだ御挨拶だな……誰だったら、よかった?」
ムスッとしている男「…………呼んだ……覚えはないぞ……」
若い男の声「……ふふふ、ふふふふ、ふふふふ……ご機嫌は……よろしくないようだねぇ」
不機嫌そうな男「……う、動けない、俺を……あざ笑いにでも、来たのか、おまえ……」
若い男の声「あざ笑う、だって? ……いいや、違う。……こんな状態じゃないと……父さんは、オレと向き合ってくれないだろう?」
相手から父さん、と呼ばれた男「……はぁー。……あのときと同じ……セミの声だ……この国に来て、もうそんなに経つのか……まだ、ここで生きているんだな……はぁあぁ……」
若い男の声「生命を救ってもらえたのに、感謝してないの?」
父さん「…………。ああ、そうだ。誰が頼んだ? ……救ってほしい、などと俺が一回でも言ったか。……なんだ、その目は……文句でも、あるのか?」
若い男の声「いいや。……少しも、ないよ。この目つきは誰かさん似なんだ。……どう考えようと、それはそのひとの自由だろう。……絶対に感謝なんかしない、感謝なんかするものか、冗談じゃない、というのも……まあ、言ってみると……一つの生き方、といえる」
父さん「…………。母さんが死んでしまってから、生きていることが……特別……ありがたい、とは感じられない。……俺は生きているのを、喜べない……」
若い男の声「いいたいことはわかる、わかるよ」
父さん「…………おまえにしか、言えない……」
若い男の声「……信用されているんだな、オレって」
父さん「…………おまえを信じなかったことは、一度もない。…………。すまなかったな、おまえから母さんを奪ったのは、他でもない俺だ」
若い男の声「…………父さんが事故を起こした、とは思っていないよ」
壁際に並んでいるイスへ腰掛けていた青年は立ち上がり、ベッドまで進んできた。
父さん、と呼ばれた男は窓の方へと視線を向けた。
「……おっと、本日はここで立派な大人を見つけましたよ、皆さ〜ん。……黙ってれば救われる、とでも? ……願望が成就する、とでも? ……物事が好転する、とでも? ……物心ついたときから、大人ってなんてラクな生き方してるんだろって、思ってたんだけどさ……ほら、これがその証拠だよ。……自らの子供を困らせるのが、大人の、親の務めらしい」
父さん「……。……手厳しいな。はぁ……顔向けがならない。……俺は……おまえに申し訳なかった、という気持ちしかない。おまえ自身、俺となど、話したくないだろう。……違うか?」
青年「違う。……そう、父さんが考えているだけだ。話したくないのなら、オレはここに来ない。ただ、父さんの気持ちがオレにもわかるようになったんだ」
父さん「……。……なにが、言いたいんだ、おまえ?」
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