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「明璉、美雨は知っているな?」
「はい。先代のお妃さまで四人いる貴妃の一人ですよね?」
「あぁ、そうだ。美雨は地方の豪族の娘だ。行儀見習いのため十歳で皇后の侍女になった。皇后もまさか十三歳の子どもに父が手を出すとはこれっぽっちも思っていなかったのだろう。完全に油断していた。十四歳で妊娠した美雨は最初の子は流産したが、二年後に再び妊娠した。産まれたのが春蕾だ。美雨はただの侍女から淑妃に一気に出世した。父は俺でなく、寵愛する淑妃の子どもに帝位を譲りたかったらしい。だから春蕾が十歳になるまで、あと五年。帝政をより強固なものにし国を豊かにし、即位する春蕾が何不自由なく淑妃と過ごせるように下準備をしっかりしておけと命令された。父はひとつ大事なことを忘れている。民のことだ。民なくしては国は成り立たないのに、女と酒と目先の欲のことしか考えていない。困った人だ。あんな人が自分の父であることが恥ずかしい」
ぎゅっと抱き締められた。
「今となっては辺境の地で明璉と過ごした二年の日々が恋しい。水路を引く工事も、開墾も中途半端で、民衆たちみんなに迷惑を掛けてしまった。痩せた土地で作物も満足に取れず重税と貧困に喘ぐ民を救うため必要なんだ。大口を叩いておいて結局何もしてあげられなかった」
「瑰さまは悪くありません」
「ありがとう明璉。きみは優しいね」
目と鼻ほどの至近距離で見つめられ心臓がドキリと跳ねた。
「顔が真っ赤だ。熱でもあるのか?」
「あ、ありません」
ぶんぶんと横に振ったけど、
「そうか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら頭をぽんぽんと撫でられ、
「か、か、瑰さま!」
チュッと軽くおでこに口付けられた。
「やはり気のせいだったみたいだな」
「冗談はお止めください」
頬っぺを膨らませ睨み付けると、
「怒った顔も可愛いから、ついつい悪戯したくなる。許せ」
瑰さまが愉しげに笑いだした。
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