求職活動

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職を失くし、家も無くし。方々を転々としていた俺はひとまず何でもいいから仕事をせねばと求人を漁っていた。 しかしどの求人もある程度の経験やスキルを求められるものばかりで困っていた。そんな折、放浪とも言える散歩中にこんな張り紙を見つけた。 『年齢・経歴・スキル不問!ありのままの貴方を求めています』 電信柱に張りつけられた求人。以前の俺だったら、絶対に怪しいバイトだろと一笑に付していたところだったが、今の俺にとっては僥倖だった。年齢も、経歴も、スキルも問わない。今のままの俺でいい…?美味しい話には裏がある、なんてよく言うが、全てを失った今の俺に怖いものはなかった。 求人に連絡先は載っていなかった。代わりに集合場所が記載してあって、希望者は併記してある時間帯にその場所に居ればいいらしい。これもまた、携帯すら持っていない俺には非常に助かる応募方法だった。 俺は早速その日のうちに集合場所へ向かった。集合時間は一日の中で3回ほど設けられていて、そのうちのどれか都合の良い時間に行けばいいらしい。俺は真ん中の回、深夜0時に、某公園へ向かった。 この公園には大きな慰霊碑がある。確かここは元戦地で、戦いで命を落とした人たちを慰霊するために石碑を建てた…とか何とか、子どもの頃に聞いた事があった気がするが、細かいことは忘れてしまった。とにかく、集合場所はその大きな慰霊碑の前で、俺は黙って誰かが……求人を貼りだした会社の人が来るのを待った。そういえば持ち物とか何かいるのかな、例えば履歴書とか…と急に不安になって、夕方に見た求人を頭に思い描くものの、これといって特に注意事項はなかったような、と一人何度も思考した。 「あのぅ」 「!」 考え事をしている俺の背中に声がかかった。少し控えめな声。俺は驚いて声もなく振り返る。後ろに立っていたのはスーツ姿の男性で、長い背丈を丸めるようにして立っていた。 「もしかして、求人を見て来て下さった方ですか…?」 探るような視線と言い方。俺は男の口ぶりや出で立ちから、『担当者だ』と直感し、素直にハイと答えた。すると男性はホッとした様子を見せてから、ふやけるような笑顔になった。 「いやぁ、嬉しいです。最近は応募して下さる方もめっきり減ってしまって…ほら、今は動画とか何とかで、我々の活躍の場も多いので、フリーで活動するって方が増えたんですよね」 「はぁ……そ、そうなんですか」 「えぇ、えぇ。そうなんです。それに生前の倫理観を保持した方も多くてね、張り紙求人を怪しく思う方も多くなってしまって、困っていたんです。でも、ほら、まさか職安にお願いするわけにもいかないでしょう?」 男は、戸惑う俺に構う事なく、パン!とひとつ両手を叩いてから「早速ですが」と続けた。 「こちら、支給品になります。お好きなものを選んでください。一応、初心者の方にお勧めしているのはこちらですね」 そういって男が箱から取り出したのは、長い黒髪のウィッグと白い布。俺は何がなんだか分からず、「いやいやいや、ちょ、ちょっと待ってください」と男を手で制した。 「あ、あの、すみません」 「なんでしょう?」 「あ、あの、は、張り紙を見て来たのは本当なのですが、その、仕事内容とか、あっ面接とか、そ、それとお給料とか…色々、お話を伺ってから、仕事をするかどうか、決めたいんで、ですけど、」 「………あぁ」 俺の頬にどろりとした汗が伝う。ハンカチを持っていなかったので、俺は袖で汗をぬぐった。男はその様子をじぃっ…と見ながら、次にはニタリと笑った。さっきまで人間の男だったその顔は、口も、目も、三日月型になって、その奥は真っ黒だった。男の異様さに圧倒されて、俺は思わず後ずさりしてしまう。 「なるほど、なるほど。あなた、自覚がないのですね」 では、これでどうでしょう。 男がそう言って箱から取り出したのは鏡だった。鏡面を俺に向ける。そこに映っていたのは、頭が半分抉れて目玉が飛び出した、血まみれの俺だった。 悲鳴も出なかった。声もなくただただ、なんで、どうして、どういうことだ、という言葉が心に渦巻いた。 「たまにいらっしゃるんですよね。自分はまだ生きてるって思いこんだまま、職を求めて応募してくる方…でも大丈夫ですよ!私達は『ありのままのあなた』を求めておりますから、記憶がなくとも何でも大歓迎です。特にあなたは活躍の場が多そうです!意思疎通も出来ますし、見た目もとても仕事向きですから!そのうち管理職なんて…ふふ、気が早いのは私の悪癖ですね」 呆然とする俺を前にペラペラと何か喋った男は改めて、黒髪のウィッグと白い布を渡してきた。押し付けられるままに渡された白い布を広げてみると、それは予想通り、白装束だった。 「勤務地にご希望はありますか?あっでもあなたの場合、あまり遠いところには行けなさそうですね…この辺ですとやはり、ダムなんかが良さそうですが、いかがです?」 あぁ、そうだ。そう。何があったか思い出せないけど、なんだか色々嫌なことが重なって、全部全部嫌になって、俺は飛び込んだんだった。最期に感じたのはなんだっけ。そうだ、痛み。飛ぶ瞬間にフェンスに足が引っ掛かって、殆ど体を打ち付けるようにして落ちたんだった。最期までアホだなぁ、自分。どこまでいっても要領の悪い自分が嫌になる。 俺は手渡されたウィッグと白装束を男に突っ返した。男は「おや?」とでも言いたげな表情で首を傾げる。 「お気に召しませんでした?」 「……ありのままの自分、でいいんですよね?」 俺が顔を上げると、ぽたぽたと垂れていた脳みそだが何だかが、再び頬を滑り落ちる。男はその様子を見て満足気に頷いた。 「えぇ、そのままのあなたで、十分ですよ」
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