胎動の章

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第四十三話 ︎︎恋情に焦がれる  試合再開。  先に動いたのは後堂だ。  すり足で滑らかに間合いを詰めると、予備動作の無い斬撃が放たれる。  律は完全に虚を突かれ反応が遅れた。  死角から迫る刃を間一髪、横に倒れ込む様にして(かわ)すと、風を斬る音が耳を打つ。  律はその勢いで側宙し、背後を取り横に()いだ。  しかし、後堂は右足を軸にして回転し、サラリと流す。  着地した隙を狙って突きを繰り出すも、律は蜻蛉返りの要領で更に飛ぶ。  一進一退の攻防に皆が惹き込まれた。  優斗も改めて律の強さを知る。  しなやかな身体、重力を感じさせない動き。そのひとつひとつを見逃すまいと、優斗は集中する。今後、共に戦う時に律の足でまといにならぬ様、自分もあのレベルまでいかなければならないのだから。  律が安心して背中を任せられる様に、のびのびと自由に戦える様に。  律の得物は大太刀だ。  塚封じの時は山中の開けた場所だったから良かったが、時には屋内での戦闘も有りうるだろう。そうなると、そう易々と振り回す事ができなくなる。それをカバーするのも優斗の役割だ。  玲斗は後ろにいればいいと言ったが、特級の名を冠して守られるだけでは自尊心(プライド)が許さない。  共切は振るってこそ価値がある。望んで手にした力では無いが、律と共に肩を並べて戦う事が誇らしく思えた。  優斗がじっと見つめる先では、試合が続いている。模擬刀は大太刀ほどのリーチが無い。普段とは勝手が違うはずだが、律はその不利を微塵も感じさせなかった。  律は大きく息を吸うと、左足を引き、姿勢を低くした。  まるで闘気が立ち上るが如く、空気が揺らぐ。  その気配に後堂も気づいたのだろう、重心を低く落とし攻撃に備える。  一瞬の間。  律は鋭い呼気と共に斬り込んだ。  後堂が身構えるも、律は左にステップし視界から消える。  それを目で追った後堂に僅かな隙ができた。  律はその隙を見逃さず、猛攻を仕掛ける。  回転して遠心力を乗せながら上段、下段、突き、蹴りや拳も織り交ぜ後堂を壁際に追い詰めていく。  とうとう壁に背がぶつかり、退路を失った後堂は反撃に出たが、息もつかせぬ猛攻を()なしてきて体力も削られていた。  突きを放つも、重さが乗りきらずに躱される。  腕が伸びきった体勢の後堂に、上段からの斬撃が迫った。  素早く腕を引き戻し、模擬刀を合わせるがそれは空振りに終わる。  律の右手に模擬刀が握られていないのだ。  ハッとするも遅い。  がら空きの胴に衝撃が走る。  それは左手に持ち替えられた模擬刀によるものだった。  回転する際にできる死角で行われたであろう曲芸じみた攻撃に後堂は笑う。  大きな動きも誘導だったのだろう。  繰り返される右の攻撃に惑わされた。 「く、ふふ。やるね宮前君。見事だ」  脇腹を抑えながら呻きを漏らすと、杷木(はき)の腕が跳ね上げられる。 「一本! ︎︎それまで!」  その声で律の表情は一変した。 「やった! ︎︎優斗~! ︎︎勝ったよ!」  そう言いながら模擬刀を放り投げて優斗の元へ駆け寄ってくる。そのままの勢いで抱きついて、頬にキスを落とした。 「ちょっ、離れろ! ︎︎苦しい!」  しかし、キスについての文句は出てこない。調子に乗った律はとんでもない事を口走る。 「ねぇねぇ優斗~。ご褒美ちょうだい」  意味が分からず、首を傾げる優斗に、律は自分の唇をちょんと指さす。 「へ?」  間抜けな声を出す優斗に追い打ちをかける律。 「ご褒美。キスちょうだい!」  たちまち紅潮していく優斗。 「ば、馬鹿か!? ︎︎こんな人前で、できる訳ないだろ!」  それを律は都合のいい様に解釈した。 「じゃあ、家ならいいんだね! ︎︎やった~、言質取ったり~」  ぐりぐりと頬を寄せてくる律に、優斗は真っ赤になって喚き散らす。 「ば、そんなんじゃない! ︎︎ちょ、離せ! ︎︎皆が見てるだろ!?」  そんな優斗にも律は嬉しそうだ。前なら問答無用で引き剥がされていたのに、今は胸を叩きながらも、腕の中で頬を染めている。 「優斗、かわいい。好き。大好き」  律も目を細め、幸せを噛み締めるように囁く。その声は艶を持ち、優斗の耳朶を(くすぐ)る。低く掠れ、色気をたっぷり含んだ愛の囁きは、優斗の身体を熱くした。  ――あ、ヤバい。  反応しようとする身体に慌てた優斗は、律の(すね)を思いっきり蹴飛ばした。それは見事、弁慶の泣き所に直撃し腕が(ほど)かれる。 「いったぁ!」  あまりの痛さに(うずくま)る律を見下ろし、照れ隠しに頭をぺしんと叩いた。 「だから! ︎︎調子に乗るなって言ってるだろ!? ︎︎外でそういうのやめろよな!」  しかしそれはある意味、律を肯定する言葉だ。誰にも見られないならいいと言っているようなもの。周りもそう解釈した。  やっぱりそういうの関係なのかという空気が充満する。  東などはずっとニヤニヤしていた。  律は今にも襲いかかりたい気持ちをぐっと押しとどめ、素直に頷く。 「うん! ︎︎分かった。外では我慢する。でも手を繋ぐくらいならいいよね?」  優斗は顔を背けながら、恥ずかしそうに小声で呟いた。 「まぁ……それくらいなら……」  すると途端に律の顔が輝く。 「ほんと!? ︎︎うわ~、嬉しいな~」  そう言って、すかさず優斗の手を取った。しかも恋人繋ぎだ。しっかりと握られる手を、優斗も握り返す。それが答えでもあった。  一瞬、呆けた律はその意味を飲み込むと、涙を滲ませる。初めて想いが通じあう多幸感は、律の心をほぐしていく。  あまりの嬉しさにぶんぶんと腕を振ると、優斗が引っ張られ叱られてしまった。それすらも嬉しくて律の顔はデレデレだ。  そんな賑やかな場に、後堂も遅れて加わった。 「仲良き事は美しきかな。愛し、愛されるという事は奇跡だ。お互いを大切にしなさい」  後堂までもが自分達を祝福してくれる事に、優斗は戸惑った。一般社会に於いて、同性愛は少数派だ。けれど、ここでは誰もが当然といった顔で受け入れている。  ちらりと周りに視線を向ければ、後堂の言葉に感銘を受けたのか、仲睦まじく手を取り合う男性同士や女性同士のカップルがいた。  勿論、男女のカップルもいる。  厳しい訓練の中で心を通わせてきたのだろう。  ここでは自分達も特殊では無い。命の上に愛情は等しく紡がれるのだ。  それが異性だろうと、同性だろうと。  不意に、東の言葉が思い出され、隣を見上げる。それに気付いた東がどうだと言わんばかりに胸を張った。  ちょっと悔しいが、東が正しいらしい。  逆を見上げれば、愛しげに細められた瞳が見つめてくる。  優斗はやっと、自分の気持ちを受け入れられた。
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