胎動の章

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第四十七話 ︎︎無益の死  優斗達は、二台のバンに別れて目的地へと向かう。優斗と律、そして玲斗と永都(ながと)の四人に、情報部が二人。そして運転手役の後方支援員(サポーター)だ。もう一台に、残りの後方支援員と研究部の二人、後部座席には機材を積んでいる。  今回の実地訓練は、優斗の力を測る目的もあった。そのため玲斗の三番隊一班の他に、研究部、情報部も同行している。  塚封じの時は、律だけだったので記録が取れていないのだ。律の報告はあったが、かなり偏った私見で埋められていた。何度も「可愛い」だの、「好き」だのを繰り返すそれは、到底報告書とは言えない。  挙句の果てには、同棲するから部屋を準備しろと言う始末。序列五位とはいえ、さすがに横暴が過ぎる。だが、それを通してしまうのが実力主義の陰陽寮だ。  律は更にインテリアや、消耗品の指定まで送り付けてくる。連日電話で進捗を急かし、あの部屋を作り上げた。全てを優斗に合わせた注文に、情報部はうんざりしながらも、律の変化に驚き、騒然としたほどだ。  それまで、律は何に対しても執着しなかった。自室もベッドがあればそれで良く、私物も少ない。食事も放っておけば、カロリーバーだけで済ます。時折、玲斗が叱って食事に連れ出していた。そこでも進められるまま、与えられた食事を口にしていたのだ。  食べるという事だけは徹底的に教えこまれていたので、食物を口にはするが、必要最低限に動ければいいという程度だった。  定食屋の亭八も、玲斗の行きつけで、覚えていたというだけだ。  それが優斗と出会い、すっかり様変わりした。元から明るい方ではあったが、どこか刹那的な雰囲気を持っていた律。笑みを絶やさない顔も、まるで仮面を張り付けたかのようだった。  しかし、今は優斗と手を繋いだまま、にこやかに笑っている。頬を染め、心の底から嬉しそうに。  駐車場に現れた二人を見て、かつての律を知る者は皆驚いた。笑顔の質が違うのだ。蕩けるような微笑みは、見ている方が恥ずかしくなってくる。  優斗も初日と違い、よく笑うようになった。しかし、それは律だけに向けられるもので、相変わらず他の者達には塩対応だ。その切り替えは瞬時に行われ、ある意味芸術の域に達していると言えよう。律と笑い合っている所に玲斗が口を挟めば、途端に目付きが鋭くなる。声も低くなり、その度に玲斗がしょんぼりしていた。  だから、車中はカオスと化していた。縦線を背負う玲斗を永都(ながと)が気遣い、その後ろの席で空気となっている情報部員。そして、最後尾でイチャつく優斗と律。  ハンドルを握る後方支援員も、ルームミラーをチラチラ見ながら、成り行きを見守っていた。  そんな時間が一時間ほど過ぎ、目的地へと二台の車は入っていく。まだ、そう古くはない廃校だ。草がまばらに茂る荒れた校庭に、車は止まった。間を置かずに扉がスライドする。玲斗を筆頭にぞろぞろと皆が降りると、クーラーの効いた車内との温度差に汗が吹き出た。  玲斗は背伸びをして優斗に向き直る。 「ここが今日の狩場だよ。隣の地区と合併して廃校になった小学校。見た目は問題なさそうだけど、やっぱり肝試しが流行っててね。妖蟲の目撃情報が入ってる。まぁ、夏と言えば肝試しって感じだもんね。好奇心旺盛な若者を抑えるのには苦労するよ」  肩を竦めながら玲斗がボヤくが、優斗の興味は後方支援員達の方にあった。見た事の無い様々な機材が、どんどん運ばれてくる。  幾本ものケーブルが複雑に繋げられ、あっという間に準備が整っていく。それを誇らしげに見ながら、玲斗は語りかけた。 「皆動きが良いでしょ。一班(うち)の後方支援員は優秀でね。結構長い事サポートしてくれてるよ」  それを聞いて口を尖らせたのは律だ。 「どうせ俺の班は入れ替わりが激しいですよ~だ。皆弱いんだもん。すーぐ死んじゃう」  そんな律の頭を、玲斗がぽかりと叩く。 「こーら。後方支援員は消耗品なんだ。大事にしないと、足りなくなっちゃうよ。前から言ってるでしょ?︎ ︎︎資材管理も班長の仕事の内だって」  当たり前のように人間を消耗品と称する玲斗に、優斗は若干引いた。しかし、当の本人達は至って普通だ。ただ黙々と作業をしている。  主戦力である妖刀持ちも大概だが、後方支援員もやはりどこか異質だ。現場に出ない情報部や研究部の者達も、何も言わない。  そこにあるのは、事実だけだった。  これが優斗の日常になっていくのだ。幾人もの死を置き去りに、律と歩む。しかし、優斗はそれで良いと思う。後方支援員達も紹介されていたが、既に名前は覚えていなかった。ただ、情報を得るためだけの存在に、気を割く暇は無い。  作業に勤しむ後方支援員達から視線を外し、校舎を見上げた。体育館を含めても、それほど大きくない学校だ。合併で取り込まれる程度の規模だったのだろう。  その隣に律が寄り添い、手順を説明する。玲斗がいるとはいえ、実質的なリーダーは優斗なのだ。それにも慣れていかなければならない。  視線を戻し、準備が終わるのを待っていると、情報部の一人が玲斗に近付いていった。数度言葉を交わすと優斗達を手招く。 「準備ができたよ。今日は実地訓練初日だからね。一旦僕が作戦を立てる。ただし、校舎内での指示は優くんに任せるからよ。りっちゃんも、しっかり補佐するように。さ、行こうか」  それだけ言うと、腰に短刀を佩き校舎へと向かう。その後ろに永都が続き、優斗達も各々刀を手にして歩を進めた。
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