継承の章

6/12
31人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ
第六話 打ち明けられる真実  翌日。  律は宣言通りにやってきた。  昨日とそう変わらない出立にリュックと竹刀袋を背負って。  優斗も半ば諦め、準備をしていた。  今日行く手塚も山中にある。  だから、Tシャツに上着のパーカーを腰に結び、ジーンズ、履き慣れたスニーカーと山歩きを想定した格好だ。そこに竹刀袋を背負う。 「おぉ、やる気だね! 良かったよ〜、またごねられるかと思った」  律は揶揄(からか)うように言うが、その目は真剣だ。優斗はわざと溜息を吐き、胡乱な目で見遣る。 「嫌だと言っても無理矢理連れて行く気だろ。それなら自分から行った方が精神的ダメージは少ないと思ってね」  それは半分嘘で、半分本当だった。  あれこれと悩んでいるうちに、昨日見た律の暗い瞳が脳裏を離れず、何か力になれないだろうかと考えるようになっていたのだ。人を守るのが自分の仕事だというのなら、律だってその中に入るのではないかと。  そんな優斗の気持ちには気付かず、律はにこやかに笑っていた。 「うんうん。それがいいよ。じゃ、今日は優斗に祝詞を唱えてもらうから胸出して」  そう言って札を手に取る。 「今日は僕が祝詞の役なのか?」  Tシャツをたくし上げながら聞くと、律は頬を染めながらキャっと顔を逸らす。ジト目で眺めれば、「冗談冗談」と手を振った。 「今日は祝詞のテストだよ。それと俺の戦い方も見てもらおうと思って。……ピンクだね。可愛い」  そう言って(いただき)をちょんと触る。  ぞわりと鳥肌が立ち、咄嗟に体を隠した。 「だから冗談だってば〜」  キャッキャと笑う律に優斗は疑心の目を向ける。無言の圧力に流石に冗談が過ぎたと思ったのか、表情を引き締めると真面目腐った口調で宣言した。 「安心して。俺は女の子のおっぱいが大好きだから!」    ざかざかと歩きながら、律は涙目だった。  神聖なる神社の境内で堂々とおっぱい大好き宣言をした輩に鉄拳制裁が下されたのだから無理もない。   「もー、本気で殴るなんて酷い! これタンコブできてない? 戦闘に影響したら君のせいだからね」  ぶつぶつ文句を言う律だが、それが本気でないことぐらいは付き合いが浅くとも分かった。  優斗も呆れつつ反論する。 「お前が阿呆な事を口走るからだ。手塚はもうすぐそこだぞ。僕が祝詞を唱えて、化け物が出たらお前が相手をする。僕は手を出さない。それで良いんだな?」  もう一度念を込めて確認すると、ブンブンと首を縦に振った。 「それで良いよー。優斗もしっかりね! 霊力が足りなきゃ封印はできないよ。暗記は大丈夫?」  霊力。  そう言われて優斗は首を捻った。 「霊力なんて僕には無いと思うけど? 幽霊を見た事も無ければ金縛りにあった事も無い。昨日、初めてあの化け物を見たくらいだ」   しかし、律はにんまりと笑う。 「大丈夫! 君、虫が見えてたでしょ? あれは妖の蟲って書いて妖蟲(ようちゅう)。れっきとしたお化けだよ。あれが見えてたなら霊力があるって証拠。あとは封印できるかだけど……。共切が抜けたなら心配ないと俺は思ってるんだ〜」  そう言いながら優斗の背負う刀を見遣る。優斗もチラリと視線を向けると並んで歩く律に問いかけた。 「なんでこれが抜けたら大丈夫なんだよ」  律はくるくる回りながらはしゃぎ、明るい声で答える。 「共切はね、所持者の霊力を喰うんだよ。だから人並みの霊力じゃ抜けない。君は共切のお口にあったって訳だ」    優斗はその言葉に絶句した。  霊力を喰うとはいったいどういう事だ。  たっぷり時間をかけて反芻すると、震える声で叫ぶ。 「……まさか、最後は喰いつくされて死ぬってオチじゃないよな!?」  律は顔面蒼白になる優斗を面白そうに眺めて、ゆったり口を開く。 「それは無いよ。共切も長〜く味わいたいからね。先代の死因は殉職。歴代も共切に喰われて死んだ人はいないよ。そこは安心してね。まぁ、全員寿命を全うせず殉職してるんだけど」  全然安心できない内容に優斗は頭を抱えた。  人を守りたいと願って陰陽寮に入ろうかと思ったが、騙し討ちとも言える所業に(はらわた)が煮えくり返る。    そんな様に律は笑顔で語りかけた。 「良いじゃない。鬼を殺せるんだよ? 俺は羨ましいな〜。御代月じゃ斬れても殺せないもん。だからさ、俺と組んでよ。本部もそのつもりだし一緒に鬼をぶっ殺そー!」  元気よく腕を突き伸ばす律に優斗はげんなりとする。百足の化け物にも肝が冷えたと言うのに、さらに鬼とは。  横をちらりと見れば鼻息も荒く張り切る少年。優斗は深い溜息を吐いた。    それからしばらく歩けば手塚に辿り着く。  手塚は神社から南東に位置する場所だ。  そこも足塚と変わらず底冷えのする冷気に包まれていた。  景色も全く同じ。  山中の開けた場所に岩が鎮座し、妖蟲が飛んでいる。  二人は頷き合うと刀を腰に佩き戦闘態勢に入った。  優斗が深呼吸をしてキッと表情を引き締める。  そして滑らかな祝詞を紡ぐ。  すると岩から黒い影が立ち上り、腕の長い猿がその身を現した。腕だけで二メートルはあろうかというのに、足は極端に短いアンバランスな猿だ。  その化け物を前に気負った風もなく律が抜刀する。御代月を下段に構えると祝詞が止んだ。  戦闘開始の合図だ。  律は一直線に駆けた。  落ち葉を巻き込みながら長大な刀身が走る。  猿は近場の石を拾うと手当たり次第に投げてきた。  それを(つか)で叩き落とすと振りかぶり重さを乗せて斬りかかる。  猿は飛び上がり斬撃を躱すと反転し律の背後に回りこみ長い腕を振り上げた。  しなった腕が律目掛けて振り下ろされる。  律は回転しながら遠心力を利用してその腕を根本まで細切りにしていく。  切り飛ばされた肉片が血飛沫を上げながら舞い、追い詰められた猿は奇声を上げるが、律は構わずフィニッシュとばかりに胴体へ強烈な回し蹴りを叩き込む。  背後の木に打ち付けられた猿は呻きを漏らし、そこへ一気に間合いを詰め肉薄した律の突きが銅を貫き、木に縫い付けた。  猿は短くなった腕を蠢かせて(もが)いている。 「ほい、終わり。止め刺しちゃって〜」    あっという間の出来事に優斗は息を呑むと、ハッとして祝詞を奏上し終える。  すると、猿は難なく消えていった。  それを確認すると律はうんうんと頷く。 「やっぱり大丈夫だったね。祝詞も完璧だったし、さすが〜」    刀を納刀し拍手する律に優斗は言葉が出ない。自分でも強いと言っていたがこれ程とは。    じっと見つめる優斗に律は(おど)けてみせる。 「なになに? 惚れちゃった〜? うんうん。俺ってばかっこいいからね。その気持ちわかるよ」    自画自賛する律にどっと疲れがのしかかる。 「俺も優斗大好きだから相思相愛だね」  ついでとばかりに抱きついてくる律に優斗は()めつけると引き剥がし嫌味を込めて口を尖らせた。 「もしかして、そんなに強い奴じゃないんじゃいか? 初めてだった僕にだって一人で倒せたんだから」    その言葉に意外や律は容易(たやす)く頷いた。 「そうだね。中の下ってとこ? 君の試験も兼ねてるからそこはご愛嬌だよ。でも初めての実戦でここまでできるって凄いよ。普通は妖蟲狩りから始めるの。やっぱり優斗は特別だね」  そう言って笑う。  試験。  試されているという事か。  身勝手な事情に反発を覚える。    しかし、こうも都合よく獲物が用意されるものなのだろうか。優斗は生まれてからずっとこの町で暮らしている。そこに化け物がいて、陰陽寮がやってくるとは出来過ぎだ。  それに、塚には祖父が定期的に祝詞を上げに来ているのに、さらに封印するとは。  優斗はその疑問を投げかけた。 「なぁ、封印ってなんだ? ここには爺ちゃんが毎月祝詞を上げに来てる。それじゃあダメなのか?」  優斗の探るような声に律は弁当を広げながらしばし考え込む。 「う〜ん。例えばさ、靴下をずっと履いてたら穴が開くじゃない? それを繕いながら履いても最後には履けなくなっちゃう。そしたら新しくするよね。つまりはそういう事。おじいちゃんが繕って、限界を迎える前に俺が新しく封をしに来たの」  分かるような分からないような、微妙な説明を持ち出す律に首を捻る。 「爺ちゃんには新しく封印できないのか?」  律の元に歩み寄りながら、再度問う。  レジャーシートに腰を下ろして見上げてきた律は頷いた。 「うん。おじいちゃんにはそこまでの力は無いね。ここも陰陽寮の管轄で、おじいちゃんに管理を委託してるんだけど、霊力はさほど高く無いよ。札も陰陽寮特製だし、それに霊力を乗せた祝詞の両方が揃って初めて効力を発揮するの。おじいちゃんは陰陽寮所員ではあるけど前線では役に立たないね」  唐突に突きつけられた事実に優斗は目を丸くする。   「爺ちゃんも関係者なのか!?」  それになんの感慨もなく律は弁当に手を伸ばす。   「そうだよ〜。あれ、言ってなかったっけ? っていうか気付いてると思ってた。じゃあ、お父さんも関係者だって言ったら驚く?」  ニヤニヤとしながら上目遣いに窺ってくる。  その言葉に優斗は固まった。  予想以上の反応に律は上機嫌で口を開く。 「君のお父さん、玲斗さんは俺の上司でね。昨日話した化け物から助けてくれったっていう人なんだよ。君を共切の後継に推したのも玲斗さん。今は京都の本部にいるよ」  それを聞いた優斗は愕然とした。  この戦いに引き込んだのが自分の父だとは信じられない。 「そんな……父さんは警察官だって……あの父さんが僕を……こんな恐ろしい事に巻き込んだって言うのか?」  優斗の知る父はおっとりとして、いつでも微笑みを絶やさない人だった。そんな人が化け物と戦う組織に身を置き、ましてや息子を引き込むなんて。  震える拳を握りしめ立ち尽くす優斗に律は冷たい言葉を吐き出す。 「あの人は怖い人だよ。他人を守るためならなんだってやる。自分の息子を人身御供に差し出すくらいだからね。俺も何度死ぬ目に遭ってきたか分かんない。でも、だからこそ信じられる人でもあるよ。いつでも誰より先に先陣に立つ人だからね。今もどこかで戦ってるんじゃないかな」  大きな口を開けおにぎりを頬張る律。    日常と非日常が入り混じり、何が本当か分からなくなる。  今自分が立っているのはどっちなのだろうか?    優斗はふらつき膝をつく。  そんな優斗を剣呑な眼差しで見つめながら律はなおも続ける。 「もう引き返せないよ。君もこちら側の人間になったんだ。いつまでも悲劇のヒロインぶらないで」  壊れていく日常。  自分で望んだわけじゃない。  それなのに安穏とした日々には戻れないと言う少年を見上げる。  その顔は冷たく瞳だけが爛々と輝いていた。  しばらく場を無音が支配する。  と、不意に律が微笑んだ。 「大丈夫。君は死なせないよ。俺が守るからね。だって君は鬼を殺せる唯一の人だもの。大切にしなくちゃ。そのためなら俺なんでもやるよ。優斗を守るためならなんだって」  あどけない笑顔。  それが今は恐ろしかった。  でも、この手で守れるものがあるという微かな希望だけは残る。  優斗はじっと掌を見つめ意を決した。 「律。僕にできる事があるならやってやる。だから力を貸せ。正義のヒーローなんてガラじゃない。でも、こんな理不尽に負けてやるかよ。父さんも一発殴ってやらなきゃ気が済まないからな」  そう言うと力強く立ち上がり、ズカズカと歩み寄ると律の隣に腰を下ろして弁当を貪り食う。  そんな優斗に今までで一番の笑顔を浮かべると律は大きく頷いた。 「うん! ありがとう優斗。大好き! ︎︎んじゃ早速だけど夜戦もしときたいからさ、夜抜け出してきてよ。いつが良いかな〜。確か水曜が五限目までだったよね。その日にしよう! 水曜の二十一時に胴塚の麓で待ち合わせね。夜のデート嬉しいな〜」  ニコニコと笑う律を横目に遠い地にいる父を睨みつけた。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!