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「エナも塾に入った方がよくない? 私とそんなに成績変わんないし」
「うーん、お金かかるし、親に頼みたくないんだよね」
「安いところは安いよ。というか、受験に落ちた方が親は嫌でしょ」
「まあ、でも、うちの近所のお兄さんは自力で進学校に入学したらしいし」
花壇に腰かけて足をぶらぶらと揺らし、エナは優美を見上げる。彼女はスマホに夢中で、視線は合わない。
「いや、あの人は宇宙人だから、あんたみたいな凡人は無理でしょ、ワラワラワラ」
口元を少しだけゆるめ、優美はふざけた声音で言った。
「だよねー、ケタケタケタ」
つられてエナがふざけて言ってみると、ようやく優美は顔を上げた。
「きしょ」
軽蔑したような、信じられないものを見るような、冷たい目だ。口元は笑っているせいで、エナもこんな時は笑うしかなくなる。
最近、彼女との会話がかみ合わなくなってきた。お互いに楽しいはずがないのに、こうして塾の終わりに話すのが日課になっている。
「ゆうみー、早く行こ」
彼女を呼ぶ声がする。優美は気まずそうに視線をななめ下に向けた。この表情も、夏休みあたりからよく見るようになった。
「悪いんだけどさ……」
彼女の表情に、エナは察する。
「じゃあ、また学校でね」
エナが手を振ると、彼女は安心した表情で、ようやく心から楽しそうに笑って立ち去った。
塾の明かりもすぐに消え、ひとりエナはぼんやり花壇に座る。
きっと、このまま帰って受験勉強をしたほうがいいのはわかっているが、家にはいたくない。しばらくして立ち上がり、エナは優美たちが去った方向とは逆の道を歩き出した。
塾は山を囲むようにできた坂道の途中にあり、このままま山を下ると海に出る。ゆるい坂道を下るほど、エナの住むアパートも塾も友人たちも遠ざかっていく。
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