波音と寄居虫

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 点々と建つ電柱の街灯が、歩道の白線を照らす。その上を歩いていると、また嫌なことばかりが頭に浮かんできた。 (落ちたら死ぬ、落ちたら死ぬ)  湿気のある夏夜の山道は、土と草木の匂いが肌にまとわりついてくる。夜の匂いに交じっているのは、排ガスとかすかに漂う夕食の匂いだ。  ゆるくカーブした坂道を下っている間、何台かの車とすれ違った。  人の気配はするのに、今日はいつも以上に静かな夜だ。この道は危ないから、遅い時間に歩くなと普段から学校で言われている。ふと思い出したが、エナにはどうでもよかった。 「つまらん」  むしろ、なにか起こればいいとすら思う。 (高校生になったら、バイトとかして、スマホも買おう。友達も作って、優美に会うのもやめよう)  そこまで考え、エナは「めんどくさ」と、つぶやいた。  すべてが面倒だ。友人のことも、受験のことも考えたくない。  いっそのことーー、そこまで考えたときだった。  道路の真ん中で何かが動いている。よく見えないが、狸か猫だろうか。  立ち止まり、エナが目を凝らすと、ちょうど黒いワゴン車が猛スピードで通り過ぎた。  道の真ん中で動いていたなにかが轢かれ、肉や骨がつぶされるような鈍い音がした。 「――落ちた」  生々しい音が、耳にこびりついて離れない。エナは驚いて、白線から片足を踏み外した。 (なんで近づいちゃうんだろ)  駄目だと分かっているのに、つぶれたなにかを確かめずにはいられなかった。薄暗い道路の真ん中で轢かれたそれに近づき、覗き込む。  見てすぐに、それが動物ではないとエナは気づいた。街灯と月明かりに照らされたそれは、青白いヘドロのような体でうごめいている。まるで地面にへばりついたカエルだ。  いったい何なのだろう。暗がりでエナが目を凝らすと、地面で身をよじっていたそれが飛び上がった。
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