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同じ布団で目を覚ました僕たちは、狭い狭いと笑いながら一緒に朝風呂に入って、旅館をあとにした。それから、昨日町を歩いた時に見つけた喫茶店で朝食を済ませ、神社へ行った。
梓真は神社でやけに楽しそうに絵馬を買って、僕の大学合格祈願を書いた。
「これで大丈夫だな」
梓真が自信満々にそう言ったので、僕は本当に大丈夫なのだと思った。絵馬に手を合わせて、目を閉じる。
大学に合格したら、今度こそ梓真に、別れを告げようと誓った。
「梓真」
「ん?」
「……本当に、大好き」
目を瞑ったまま僕は呟く。
いつまで経っても梓真が何も言わないから、目を開けて隣を見る。何故か梓真はスマホをこちらへ向けていた。
「ちょっと。何してんの」
「怜依……今の、撮るからもう一回言って」
「嫌だよ」
「お願いー!」
片手で手を合わせるポーズをする梓真に、笑いながら「もう言わない」と返す。しばらく同じ問答を繰り返したあと、ようやく諦めた梓真が「じゃあ、記念写真撮ろうぜ」と言うので、それには頷いて二人で写真を撮った。
満足気にスマホをしまって、
「帰るか」
と差し伸べられる梓真の手を握り返す。
こうして、僕の短い駆け落ちはあっけなく終わっていった。もちろん、駆け落ちだなんて思っていたのは僕だけだっただろうし、あわよくば梓真を連れてそのままどこかへ行ってしまおうだなんて妄想は、叶うはずなかったけれど。
初めて嗅いだ潮風の匂いも、かき氷の味も、太陽で焼かれた肌の痛みも、遠い花火の音も、握った梓真の手のひらの感触も、全部、全部忘れないでいたい。思い出に変わって、もう遠ざかることしか出来ない何もかもを少しでも焼き付けておきたくて、まだ噎せ返りそうな夏の空気を吸い込んだ。
駆け落ち未遂 完
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