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 私の隣で、彼は眠ってしまったようだった。これで、おそらく最後なのだろう。しばらくして、背後から誰かが近づいてくる気配がした。おそらく彼をここに連れてきた、介護士だろう。その人は彼が眠っているのを確認してから、夕暮れの海を見て、何か感傷に浸っているようだったけれど、それもほんの少しの時間で、すぐに彼を背におぶさって、海辺から離れて行く。その先には車があって、介護センターの名前が書かれていた。  私は彼ともう話せなくなっていたけれど、でも、彼が時々呟く言葉で、彼は自分が幽霊なのだと思い込んでいることは分かってはいた。彼は私のことで、責任を感じているのだ。  あの日。海に行こうと彼に誘われて、彼のバイクに二人乗りをして出かけた。きっと楽しい一日になるから、と彼は言っていたけれど、そうはならなかった。事故にあったのだ。彼の怪我はこの事故にしては比較的軽度だったらしいけれど、彼の体ではなく、心が大きく傷ついていた。事故のことで責任を感じて、自分なんていなければいいのに、と強く思っていたらしい。そしてその思いが強くなりすぎて、彼は自分を、もう生きていない幽霊なのだと思い込むようになったのだ。  この海は、その時に行こうとしていた海だ。夏になると、彼はここに来たがるらしい。そして彼が、自分が生きている人間なのだと思い出せるように、ここに連れて来られる。そんな話を介護士の人がしているのを聞いたことがある。彼自身は、お盆の時だけ幽霊としてここにやって来ることができるのだと思っているようだった。  けれどそれは違う。お盆の時だけやってこれるのは、私の方なのだ。不思議なことに、誰にも見えない私のことが、彼にだけは見えているようだった。来年の夏は、彼に会えるだろうか。 けれどそれは違う。お盆の時だけやってこれるのは、私の方なのだ。不思議なことに、誰にも見えない私のことが、彼にだけは見えているようだった。来年の夏は、彼に会えるだろうか。そう思いながら、私は自分の意識は薄れていくのを感じた。
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