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 もうすぐ夏が終わる。そう思うと、僕は悲しくなる。夏が終わるということは、彼女との別れを意味しているからだ。  この夏、僕はここに来て、久しぶりに彼女と再会した。しばらく会っていなかったけれど、彼女は以前と変わらず美しかった。僕はここへは黙って帰ってきたのだけれど、僕が帰ってきたことに、彼女はすぐに気がついてくれて、そしてそれからずっと、一緒にいた。僕は彼女の側を離れたくなくて、そして彼女もまたそんな僕の側にいてくれた。それだけで僕は幸せだった。  彼女とは、側にいるだけで、話はしなかった。というのは、僕は、生きていないからだ。この夏の間だけ、この世に戻ってきているけれど、それはあくまで霊としてであって、肉体はない。だから、彼女の側にいる事だけしかできない。  ただ一緒に過ごすだけのことが、こんなに幸せなことだなんて、生きているときには気付けなかったことだ。生きているときは、一緒にいるだけでは物足りなくて、彼女を誘ってどこかに出かけようとばかりしていた。彼女が渋っていても、きっと楽しいからとむりやり誘い出していた。今の僕は、そんなことはしない。だから、もしかしたら彼女にとっては、以前の僕よりも今の僕の方がいいのかもしれない。  僕だって、今なら彼女の気持ちも分かる。大切なのは一緒にいることで、それが幸せなのだ。どこかに出かけるとか、何かを楽しむとか、そういうのは、あくまで付加的なものであって、一緒にいる事さえできればそれが一番の幸せなのだ。それは、一緒にいられなくなってしまったからこそ気付けたことなのかもしれない。  この幸せな時間は、あと少しで終わる。具体的な日と時間は分からないけれど、もうすぐ終わることだけは分かっている。来年の夏には、また会えるだろうか。それともこれが最後になるのだろうか。でも、そんなことは考えずに、最後まで、こうやって側にいたい。  今、僕たちは海辺にいる。もう日も暮れ始めていて、そろそろ帰った方がいいかもしれないという時間だ。  彼女は砂浜に座って夕暮れの海を眺めている。僕はその彼女の側によりかかるように座っている。彼女の横顔を見ながら、そして、やはり彼女は美しいと思いながら、僕は目を閉じた。
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