思い出した前世

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思い出した前世

 ――それは私が好物のクッキーを食べていた時。 唐突に、前世の記憶とやらを思い出した。 それはもう美味しい超高級クッキーをげほごほと吐き出し、涙目になりながら、ぶっ倒れた。 「お嬢様!?」  侍女のアズの声を遠くで聞きながら、頭の中でちかちかと星が舞っていた。 前世と今世の違いだとか、アイデンティだとかで、悩む――ことはなく、そのあたりはすんなりと受け入れられた、のだけど。 この世が実は私が前世ではまっていたロマンス小説そっくりな世界、というのも、私がヒロインというのもどうでもいい。 一番重要なのは、そう。  ――私の大事なお兄様が、物語の悪役(ラスボス)で、このままだと死んでしまう、ということだ。 ◇◇◇ 「……目覚めたんだね。大丈夫、セレス?」  私の愛称を呼びながら、優しく頭を撫でてくれたお兄様。 「……キルシュお兄様?」 「うん、そうだよセレスティア」  思わずがばり、と起き上がる。 「お兄様ー!!!」 「まったくセレスは甘えん坊だね」  そういいながらも、ぎゅっと抱きしめ返してくれるこのひとが死んじゃうなんて信じられない。 「キルシュお兄様、セレスは――お兄様が一番大事です」 「本当にどうしたの、変なセレス」  本心だ。記憶を思い出しても、思い出さなくても、私はお兄様が一番大事。 「だから、明日のパーティーにはいきません!!」 「……え?」  なぜなら、明日のパーティーで私は運命の出会いをしてしまうから。  物語のヒーローである王子様……カイト殿下に出会い、恋に落ちてしまうのだ。 「明日のパーティーだけじゃありません。今後行われる夜会やパーティーは全部欠席します!!」  物語でのお兄様の闇落ちのきっかけは、大事な義妹を王子様に取られたこと、と書いてあった。だったら、私が王子様になんて会わなければいい。  まだ見ぬ王子様より、優しいお兄様が死んでしまわないことのほうが大事だ。 「セレス、ほんとうにどうしちゃったの? あんなに楽しみにしてたじゃないか」 「楽しみじゃなくなりました」 「……まだ、体調が悪いの?」  はっ、そうだ、その手があった。 「はい。私、実は……不治の病にかかっていて」  私がしおらしくそういったとき、急に自室の扉が開いた。 「昨日までは木に登るほど元気だったのに? 定期的な検診の結果も良好だ」 「お父様!?」 「セレスティア、嘘はいけない。嘘がつけるほど元気なら、明日のパーティーはお前が貴族として生きていくうえで重要だ。必ず、出席するように」  普段は優しいお父様だけど、嘘を見抜くことにとても長けていて、嘘に厳しい。 「……わかりました」  はぁー。  パーティーで会わない作戦は失敗かぁ。でも、ここでめげる私じゃない。 「じゃあ、お兄様のそばにずっといます!」
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