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その7 こちら基地より
小さな頃から一人遊びが得意だ。周りに同世代の子どもたちがたくさん居る環境だったけれど、私はいつもマイペースで積極的に輪に入ろうとはしなかった。きっと最初から一人遊びをするつもりではなかったのだろうが、だんだん自分の世界に入り込んで、気づいたら他の子たちについていけなくなっているのだ。
今でもそういうところはある。常にぼんやりしているというより、部分的に全く話を聞いていない瞬間があってびっくりされる。何かに気を取られた一瞬のうちに、集中の矛先が変わってしまうらしい。意識の羅針盤が突然狂う。
道具や仲間が必要なくて、自分の身ひとつあればいい遊びを考えるのは楽しかった。夜、襖に貼られた子ども用世界地図を見ながら架空の王国のことを考え始めて止まらず、いつのまにか朝になっていたこともある。
子ども心に一睡もしないで朝を迎えたことがうっすらと背徳感のある行為に思えて、何故か誰にも言えなかった。
私はやたらと色々なことに罪悪感を感じてしまう子どもで「おやすみなさい」と言ったのにそれが嘘になってしまった、という謎の後ろめたさを感じていたのだ。けれど後にも先にも、あの夜ほど楽しい夜更かしはなかったといえる。
昼間に思いきり空想に耽っていると必ず邪魔が入る。
休み時間に一人でぼーっとしている私に、先生からの気遣うような視線が刺さる。 まさに佳境のシーンを考えているときに、友達に話しかけられて映像が中断する。他者によって空想から現実に戻されるのを「邪魔だなあ」と感じてしまうことにもまた罪悪感。でもその罪悪感も一瞬で飛ぶ。昼間の世界で完全に自分ひとりきりになるのは難しい。
今でこそ全消灯でないと眠れないが、幼い頃は豆球だけをつけて寝ていた。セピア色に沈んだ自分の部屋は、それこそ物語の情景に入り込んだかのように感じられた。見違えたように秘密めいて、何の変哲もない子供部屋が基地に変わった。 もう誰の邪魔も入らないし、上の空でも怒られない。ここまで来れば大丈夫。自分と自分の頭の中のことを匿ってくれる。ありもしないことを思い浮かべるうちにいつのまにか眠っている。翌日は昨日の夜考えたところから続きを考える。自分による自分だけの連ドラを、自分のために脳内放送し続けるのがブームだった。
夜中に一人でいくらでも考え続けられるのは嬉しかったけれど、9時になると「寝なさい」と自分の部屋に追い立てられてTVドラマが観られないのが残念だった。毎夜の空想は実際のドラマを観ることができない欲求不満を解消するためでもあっただろうと思う。
時々、隣の部屋から両親が観るテレビの音が聞こえてくる。そのときだけは空想を中断して、何を観ているのかじっと聞き取ろうとした。ナースのお仕事やXファイル。
いいな、私も観たい。
一度気配を消して柱の陰からそっと観ていたら、例の「あーさーくーらー」のシーンで堪えきれずに吹き出してしまい、母に見つかって叱られた。しかしそれ以上に叱られたのは、勉強机のライトだけを点けて本を読んでいたときだ。心の中で舌打ちをしながら、大人はずるい私だって存分に夜を使いたい、と思っていた。
寝なさいと叱られるのは子どものうちだけ。今から思えば羨ましいことこの上ない。今ならわかる。大人たちはドラマやお酒の力を借りて寛ぐことでリフレッシュし、自分をねぎらって眠るための準備運動をしていただけだったのだと。長い夜は大人にしか持てない宝物。指を噛んで羨みながら、私は自分の物語に没頭した。
「客観的に観て面白いか」「前の日の内容と矛盾していないか」ということを全く考えず一度も迷わず、立ち止まらなかった。夜な夜な猪突猛進スタイルで作った物語がどんなものだったのか、ちっとも覚えていないのが少し勿体なく感じる。完結したのかどうかも定かではない。
そもそも大人になると、やるべきことが多すぎて自分の世界に没頭できる時間そのものが激減する。
今日のタスクが終了しても、次のタスクが頭をよぎり、「明日はあれしなきゃ、これもしなきゃ」と明日以降のシミュレーションが始まる。意識が乱反射するみたいにあちこち散漫になり、ただ一つの空想に耽るだけのことが難しくなってしまう。あるいは好きでやっていることまでタスク化する。昔ほど自分の映像だけには入り込めない。
どうにか自分の時間を確保しても、何かを考えるには疲れ切っていて、録画したものを編集してディスクに落とすなど、謎の作業に時間を費やして1日が終わることもある。
時々、それが猛烈に寂しくなる。
昔はすぐにアクセスできた空想世界なのに、最近は妙に動作が重たい。いい年をして何が空想、と笑われてしまうかもしれないが「遠いどこか」を自分の中に持つほうが元気に生活できるのだ。何事にも適度な弾みがつく感じ。
もしかすると、あの頃と同じように電気を豆球にすれば考えやすくなるのかもしれない。今夜あたり、一度そうしてみようか。
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