チューリヒ国際空港

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 大学のシステム上、国籍によって学費が変わってくる。EU圏内で高等教育を修めていれば少額の税金で済むが、日本国籍者がダイレクトに入学する場合は、国別で数段階に分けられた学費の中でも一番高額だった。  しかし研究の内容上、現地資料は必須だ。それに……。 「聴講生(Gast Studentin)なら学費はかからないから、例えば一年こちらで資料を集めて、論文はメールでやりとりする手もあるけれど……」 「いえ、ここで、あなたの下で研究したいんです。奨学金に応募します。それについては、推薦状をお願いするかもしれないのですが」 「もちろん喜んで書きましょう。それでは、正規学生(die ordentliche Studentin)としての入学手続きだけれど……」  教授はパソコンをスリープ画面から復帰させ、入学課のページを呼び起こす。真冬のようにどんよりとした空から、雪が舞い落ちてくるのが窓の外に見えた。 ***  ガタッ、ドドドドドッ……  激しい振動に体が前につんのめり、耐えきれずに目を閉じる。ボーイング787の巨大な機体は振動を繰り返し、お尻が座席の上で数回ホップした。しかしそれもほんの束の間で、目を開けると窓枠を額縁のようにして、新緑と美しいコントラストを成す白い滑走路が、緩やかに視界を流れていく。 「皆様、本機は、チューリヒ国際空港に着陸いたしました。ゲートに到着しますまで、いましばらくシートベルトをしっかりとお締めください。ただいまより、全ての電子機器をお使いになれますが、周りのお客様のご迷惑となりますので、通話はお控えください。到着ゲートは……」  チューリヒからトランジットでドイツへ。日本からドイツへの直行便は高額だ。チューリヒ空港は旅行で来たことがあるが、乗り換えは初めてになる。トランジットの時間は四十五分、乗り換え可能規定のほぼギリギリ。しかもここからシェンゲン圏内に入るからイミグラを通らなければならない。この機体だけでも日本人客が満員だというのに、パス・コントロールの列はどれほどになるのか。  なるべく早く機体から出て空港内に入るため、シートベルト・サインが消えるとすぐに立ち上がり、客席間の通路に出た。  あれから半年以上。来たのだ。欧州に。 *** 「ごめん。勝手だと思うんだけど……」 『ん?』 「……別れましょう」
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