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僕らの名もなき青い夏
──『たくみくん……良かったら付き合ってください』
高校三年生の夏。放課後、俺がいつものようにアイツと待ち合わせしている図書室裏のベンチに向かう途中、こんな声が聞こえてきた。
(たくみくんって……俺たちの学校に拓海っていう名前はひとり……)
俺は思わず校舎の陰に身を隠すと片目だけ出して二つの影を注視する。恥ずかしそうに長身の男の前で頬を染めているのは聞こえてきた声の主である学年一の美少女、上川芽衣子で、長身で日に焼けた顔をした男が俺の幼馴染である嶋野拓海だ。
(マジか……ついにアイツも……彼女持ちか)
俺は真面目な表情で上川を見つめる拓海から視線を逸らすと、事の顛末を見届けることなく行き先をベンチから屋上に変えた。
屋上へと続く蒸し暑い無機質な階段を登りながら、俺はスマホ片手に『用事ができた』と拓海にラインを送った。
読書好きの拓海が図書室でミステリー小説を借りたら一緒に帰ろうと話していたが、今日から拓海の下校の相手は上川に交代だ。
肩までの長い黒髪に大きな目で笑った顔はテレビ越しに見るアイドルに匹敵するほどの愛らしさだ。そして俺から見てもムカつくほどに端正な顔立ちをしている拓海が何故、今までだれとも付き合っていなかったのかは知らないが相手が上川なら断る理由などないはずだ。
俺は屋上の扉のドアノブを回すと足で扉を押し開けた。
「……あっつ……」
今は七月半ばで夏真っ盛りだ。俺は屋上扉から射し込む、目が眩むほどの日差しに思わず目を細めた。
そして俺は学ランの上に着ている白いシャツのボタンを三つ目まで外しながら、辛うじて日陰になっているコンクリの上にゴロンと寝転がった。
「はぁーあ……部活引退するとマジで暇だな」
さっきの告白現場を目撃したからか、暑さからなのか、いつもならどんなに暑くても昼寝は得意なはずなのに全然眠れない。
瞼を閉じても白銀の光が視界を覆って、勝手にさっきの映像を脳内再生してくる。
(……なんだよ、この気持ち……)
なぜかソワソワして、心が痛むような苦しいような変な感覚だ。俺は無意識に右腕をあげると両目の上に乗せた。
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