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第10話
「え……」
ぽかんとした顔をしている。それはそうだろう。俺もそんな顔をしたいくらいだ。
それなのに、俺の口は止まらない。
「お前のこと…味見させて?」
──── 何言ってるんだ。俺。
自分で言ってて、内心驚いている。
──── 腹が立ったんだ。
弟の為にこんな風に頭を下げる天音に。
──── だからって、これは、ない。
でも引っ込みがつかなくなった。
それに、自分の言葉で、気づいてしまったんだ。心の奥では、実はずっと天音をそんな風に見ていたこと。
だから、ずっともやもやしていたのだと。
天音は言葉を噛み締めているようだ。
「いいよ」
数秒のちに軽く答える。かなり重大な決断のはずなのに、「ご飯食べにいく?」「いいよ」くらいのノリだ。
いつもの何を考えてるのか判らない笑顔。本当に俺の言ったことを理解しているのだろうか。
「それが、君へのお礼になるなら」
俺は眉間に皺を寄せた。
『医者として当たり前のこと』『お前が礼を言うことじゃない』
──── いったい誰の台詞だよ。
“前の時”のことにしたって、俺は何もしていない、ただ父親に繋ぎを取っただけだ。
だけど。
俺は自分の言葉を撤回しなかった。今なら「冗談だよ」と笑って、無難な代替を提示することもできるのに。二度と来ないチャンスだという思いに抗えなかった。
**
俺は天音の方に顔を向けた。
思えば、いつも隣に座って話をしていた。外で食事をする時も何故か向かいではなく、隣に座っていた。
こんなに間近で見つめ合う機会があったかどうか、思い出せないくらいだ。
年齢を感じさせない白く滑らかな肌。日本人離れした端正な顔立ち。アーモンド型の瞳は、やはり一般的な日本人よりも茶色ががっている。ふっくらと柔らかそうなピンク色の唇が、誘うようにそこにある。
俺は天音の両肩に手を伸ばし、触れると同時にぐっと掴んだ。
自分の両手が微かに震えているのが見えた。
おずおずと顔を近づけ、ぎこちなく、触れるだけのキスがせいいっぱい。しかも、彼の頬に眼鏡が擦ってしまうという失態。
これでもそれなりの経験はある。もちろん彼女がいたことも。それなのに、まるで初めてキスした時のようなだった。
「四季」
くすっと天音が笑う。
下手くそなキスのせいか。
しかしその唇からは、俺が思ったのと違う言葉が零れた。
「君が……男もイケるとは思わなかったよ」
先程とは違う何処か艶めいた笑み。
「いや……男とは、ない……」
「ふうん」
天音は何を思っているのか、全く読めない表情をしている。
彼の両手がすっと上がり、眼鏡のテンプルを摘まむ。
「君の眼鏡をした顔は好きだけど……今は外しておこう。余り見えすぎても萎えるといけないから」
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