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第11話
高等部の頃から視力が落ち始めたが、大学に入学してからやっと眼鏡をかけることにした。
そう言えば、その後初めて天音に顔を合わせた時に「いいね。けっこう似合う」と言ってくれてた。弟以外のことで誉める天音を初めて見たような気がして、少し嬉しくなったのを思い出した。
ことり……と、音がした。その音で遠くに行っていた意識が戻る。天音がローテーブルに眼鏡を置いた音。
再び天音の顔を見ると、彼の纏う空気が一変したように思えた。
先程の“何処か”どころの話ではない。
匂いたつような艶っぽい顔。こんな天音は見たことがない。
何処か人間としての生々しさに欠ける。“静謐な美” ── 彼を一言で言い表すとしたら、それだ。
弟への愛情は常軌を逸っしているが、それ以外何もない。性欲などまるで感じられない。
でも、今は違う。
男女問わず惹き付けるような、性的な匂いがする。そして、俺は気づく。
──── 慣れているんだ……。
天音はこういうことに慣れている。
愛情を含まない、取引的な肉体関係を持つことに。
天音には何人もの支援者がいるいう噂がある。天音自身の為、延いてはカンナ交響楽団の為。
それから、弟の為にも? 弟が傷つかないよう、外部へ情報を漏らさない為にこの肉体を使っているのだろうか。
院内でのことは桂川医院でどうにかできる。その為に救急車も呼ばず、自力で運んできた。でも、それ以外で漏れる場合もあるに違いない。
実際にはなかったとしても、天音は弟の為にそうすることを躊躇わないだろう。
今こうしているように。
「四季? 怖い顔。どうしたの?」
すぐ眼の前に天音の妖艶な顔。動かない俺の唇に自分のそれを押し当てる。
俺からのキスはほんの子ども騙し。天音のは大人の、俺の気持ちを煽るような口づけだ。
しっとりと押しつつむように合わせ、離さないまま角度を変えていく。長い長い口づけ。
そして、その唇が薄く開いた感触がしたかと思うと、天音の温かな舌が俺の唇の割れ目を軽くつつき始める。
俺は少し躊躇った。このまま続けてしまっていいのか。
──── 俺たちの間の何かが変わってしまう……。
そんな予感がした。
今更ながら、自分の言い出したことに激しく後悔をする。
後悔しながらも……。
天音の舌先が蠢く。俺の唇の形を辿るように。その腕を俺の背に回し、身体を押しつけながら。
唇を甘噛みされ、更に煽られる。
頭も身体も次第に熱くなり、とうとう俺は唇を開いてしまった。
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