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第16話
通用口から外に出ると、ひんやりとした空気に包まれる。
そして、俺の心のなかも。その空気と同じ、いやそれ以上に冷たい何かが留まっている。
──── 今日は、アイツ、来ないな……。
寮の前までやって来て、何とはなしに自分の部屋の窓を眺める。
──── あれ? 電気が……。
一瞬、天音が来ているのかと考えたが、それはないという理由を俺は知っていた。
──── そんなはずないか。電気を消すのを忘れたかな。
エレベーターで三階まで上がり、角部屋の鍵を開ける。
「ん?」
思わず声が出てしまったのは、開けたはずがかかった状態になってしまったからだ。
──── 開いてた?
俺は急いでもう一度鍵を開け中に入った。
ミニキッチンの前を通りすぎ、リビングへ。
「あまね……っ」
ここにいるはずのない人間が、ソファに座り、勝手にカフェオレを飲んでいた。
甘い甘い、カフェオレ。
「おかえりぃ。何? そんなに驚いた顔して」
立ち上がって、俺の傍に寄る。
いつもの調子の天音。
「お前、今日久しぶりに弟に会うんじゃあ……」
今夜はサクラ・メディア・ホールディングス主宰のクリスマスも兼ねたパーティーがあり、弟も渋々だがついてくると聞いていた。
ほぼ二年ぶりに会うという話だったが……。
チェストの上のデジタル時計を見ると、まだ七時。
「お前、パーティーどうしたんだ? 弟と会うんじゃなかったのか」
「ん~」
小首を傾げて、何処か複雑そうな表情。
「詩雨くん、会場着くなり、倒れちゃってぇ」
「え? 大丈夫なのか?」
「朱音が平気だって言うから。それで ── 連れて行かれた」
「え?」
いろいろ説明が抜けて解りづらい。頭がいいくせに、時々こういう子どものような物言いをする。
「モデルの男のコが、詩雨くんを送って行った。ほんとは、僕が行きたかったのに」
口を尖らせながら言い、それから、酷く寂しげな表情になる。
「今度こそ本当に、詩雨くん、取られちゃうかもね……」
彼の横に座り話を聞くのが俺たちのデフォだが、今日は真正面からその顔を見下ろす。俺の方が少し背が高い。
様々変わっていく表情を見つめる。
「会ったのは初めてだけど、詩雨くんが大学の卒製で撮った写真、あのコだった。顔がはっきり判らない写真で……一瞬、冬馬くんかと思った。でも、そんなはずはないって解ってた。それで ── 今日会って、ああ、このコだ……て」
天音がそこで言葉を切り黙り込んだ。
俺はずっと、今まで聞けなかったことを、やっと聞いてみることに決めた。
「天音……それで、お前はいいのか」
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