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第4話
「桂川四季くん」
「え?あ、はい!」
突然改まって名を呼ばれ、俺もピシッと背筋を伸ばす。
「このこと、誰にも言わないでよ。言ったら……」
言葉はそこで終わり。
─── え?言ったら、どうなるんだよぉー。
天使の顔で、悪魔のように笑った。
それから ── 俺たちは、なんとなく二人でいることが多くなった。
時々“聖愛の森”に引き摺り込まれ、素の顔で愚痴を言う。
それが俺だけに見せる顔かと思うと、何処か優越感があった。
**
七月も後半。明日から夏休みという、その日。
朝から天音は満面の笑み。穏やかに笑って周りに応対するのは、いつものこと。でも今日は、それとはまた少し違う。心の底から楽しそうに笑っている。それこそ、後光が差しているかのような輝かしさだ。
その違いに気づいているのは、おそらく俺だけ。
廊下側の一番後ろが俺の席。窓側の一番後ろが天音の席。
夏休み前最後の学活の間、俺はずっと天音を観察していた。時々眼が合うと、にっこり笑うどころか、ウィンクなんてしてくる。
──── いったい、どうしたんだ。
その浮かれっぷりは何処か気味の悪さをも感じさせる。
最後の挨拶を終え、クラスメイトたちが嬉々として帰っていく中、俺はまたしても“聖愛の森”に連れ去られた。
そこで、あのセリフだ!
六月の終わりに天音の弟が産まれた。
その時はただ淡々とその事実だけを俺に伝えた。産まれたというだけで、何の感慨も浮かばないようだった。
ひと月近くが経ち、くしゃっとした顔も整い、やっと可愛らしさを感じてきた時。
何の気もなしにそっと小さな手の上に指を載せると、ぎゅっと握り締められた。
「あーあー」と言いながら、にこにこと笑っている。
白いレースのカーテン越しに届く日射しで、その金色の髪も青い瞳も全てが輝いて見えた。
その瞬間。
ずっと鳴り響かなかった音楽が、頭の中で鳴り響く。きらきらとした光とともに、天から音符が降り注ぐ。
まさに天使! いや、音楽の神だ!
神に祈るような仕草で天音は言った。
俺には天音のほうこそ、輝いて見えるというのに。
芸術的感性の皆無な俺には、天音の言っていることがまるで理解できなかったが、とにかく天音は救われたらしい。
『僕を救った』
天音の家にやってきた、金色の髪と、青い瞳を持った小さな命 ── 成長し大人になっても、その位置付けは、けして変わらない。
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