オレを救ってみませんか

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オレを救ってみませんか

 萌黄結愛(もえぎゆあ)という黒月麗(くろつきれい)の先輩兼友人と長らく話したわけだが、彼女のことは一向に好きにはなれない気がした。 (まぁ黒月さんについて色々聞けたのは良かったな。……にしても、青柳幸(あおやぎさち)……か)  麗の亡き想い人、青柳幸。  享年19歳。黒髪に黒い瞳、女顔の美人な青年。1人称は『僕』。大学では社会地理学科を専攻。絵画サークルに入った理由は、当時の麗の絵に惹かれたからだそうだ。  愛想はいいが他人とあまり関わらず口数も少ない、ミステリアスな青年だったらしい。家庭内暴力を受けていたにも関わらず、よく笑顔を浮かべていたそうだ。  今も麗は、彼のことを忘れられずに生きている。 (っていうのは分かったけど……なんでオレだけが黒月さんの家の中に。用があるんじゃなかったのかよ)  結愛は麗と2言ほど話すなり玄関前で帰ってしまい、自分のみが麗の自宅にお邪魔している状態だ。とあるマンションの7階、2回目の訪問なのだが、 (やっぱり広い、さすが売れっ子の画家……)  絵の置き場所確保のために広めの2LDKを借りているそうだ。絵が入っている箱があちこちに積み上がっており家具が少なく、リビングにぽつんと置いてあったダイニングテーブルに着いている今もそわそわしてしまう。  部屋の角には寂しそうなシングルベッドが1つ。部屋には油絵の具とタバコの臭いが混ざり、テーブルの上には酒瓶。掃除も行き届いておらず、あまり快適ではない環境だ。  部屋を見渡していれば、家主である麗が別の部屋から戻ってくる。 「日色(ひいろ)さん。……俺の話を長々聞かせてしまったと萌黄から聞いた、申し訳ない」  謝られてしまったので「いやいや!」と慌てて首を振って立ち上がり、 「その、この前怒って泣いちゃったので、こっちこそ謝りたくて! 仕事中に寝落ちた挙句、連れて帰ってもらったのに失礼なことを!」 「いや。俺が踏み込んだことを言いすぎたせいだ。すまなかった」  深く頭を下げられてしまい、あわあわと困ってしてしまう。  とりあえず、 「か、顔上げてください! えっとえっと、これ! お詫びの品です! お口に合うか分からないですけど……!」  結愛との道中に購入した菓子折りを差し出すと、麗は顔を上げつつも困ったように、 「受け取るのは申し訳ない」 「いや! 黒月さんはお客さんなんで! 仕事として! 渡しとかないと!」 「でも今日は仕事じゃ」 「テーブルに置いときますね! なんなら今開けましょうか! オレと一緒なら食べてくれますっ? 甘いものが好きって聞いたので是非食べて欲しくて!」  わたわたと騒いでいれば、しばし麗は困ったような顔をしたのち、 「……また俺からも何か用意しておく。すまん、萌黄が他の人とも関わるようにとうるさくて。日色さんのことを話したら『あたしが会って色々話すから』なんて言われてしまって……巻き込んでしまった」 「ぜんっぜん大丈夫です! 黒月さんの話……幸さんのこととか、色々聞けましたし」  言いながら、さりげなく彼の様子を伺う。不意打ちで訪問したせいか、今は酒を飲んでいないようだ。
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