取材

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 5歳年上の兄はとても優秀な人だった。日色(ひいろ)春樹(はるき)という名前だった。  顔が整っていてイケメンで、背も高くてスタイルも良くて頭も良かった。運動は少し苦手だったけれど、女の子にかなりモテていた。  顔立ちや肌の白さはノルウェー生まれの祖母に似ていたけれど、黒い瞳に黒髪で。柔らかな眼差しが大好きだった。涙ぼくろが印象的で、かけている眼鏡もよく似合っていた。お人好しで、優しくて、父も母も自慢げに兄のことを親戚に話していた。  自分は兄ほど優秀ではなかった。でも春樹兄ちゃんが凄いだけ、オレが追いつけないのも当然。そんな気持ちだった。だから両親や親戚の関心が兄に偏るのも仕方ないと思っていた。  それでも平穏な家庭で育ったと自分で思う。裕福ではないけれどお金に困るほどでもなく、庶民的だが悲劇的な何かもなく。  高校、大学と順調に進学できて就職も出来た。兄のようには褒められることは1度も無かったけれど、どの環境も悪くなかった、友達もたくさんいた。  でも、大きなコンプレックスがあった。誰にも言えないコンプレックスが。  ――――オレは、兄ちゃんのことが好きだった。  家族としてではない。恋愛対象として。しかも5つも年上の兄に。  兄ちゃんだけが、オレを見つめてくれた。褒めてくれた。家族として愛してくれた。  こんなに素敵な人なんだ、恋するのも無理はない。そんなことを思ってみたけれど、男で血の繋がっている兄を想うほど心の奥が(こじ)れていくのを感じずにはいられなかった。  平穏な家庭、順調な人生。それなのに、まっさらな球についているコブのような恋愛感情。  嫌いだった。大好きな兄の人生を邪魔するような、自分の気持ちが。  5つも歳が離れているから学校も同じところへは通えない。兄は女性に好かれる。恋人ができるのも当然だった。  オレの見ていない場所で、知らない人と。このモヤモヤは嫉妬心なのだと気付いた。兄ちゃんにはオレ以外見てほしくない。オレ以外の誰とも、恋なんてしてほしくない。  オレだけのものであってほしい。  そんなどうしようもない感情が水を含んだ風船のように膨れ上がり、爆発しそうなまま思春期を過ごした。学校ではクラスのどの子が可愛いだとか、胸の大きい女が好きとかホモなんてキモいとか言ってみせながら、兄への想いを拗らせ続けた。  女なんて嫌いだった。いつも兄の気持ちを奪っていく。
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